一方、エスターテ科学技術省諮問科学研究所の一室では、夏旺が眼の下に隈を作りながら古文書に向かっていた。どうやら徹夜続きらしい。
「夏旺。少し休んだらどうだ?死にそうな顔してるぞ」
主任でも、父は父。息子の体を気遣わないわけは無かった。
「だ―いじょうぶだって。これくらい、何でもねーよ」
とても何でもねーよ、といった風貌ではなかった。何かにとりつかれているような顔をしている。
「だけどな…おまえ、三日もここにこもりっぱなしじゃないか」
父のその台詞に夏旺は少しどきりとした。実際ここ数日、研究室から外に出た記憶が無い。
「―――大丈夫だっていってるだろっ。それにもう少しでこれが読めそうなんだ、そうしたら…」
この龍の紋章とのつながりが、と言いかけてやめた。これは…このことは、父にも言えない。
父は何かを察したのか、それとも別のことなのか、夏旺の目を見てにっと笑った。
「まぁ、頑張れよ。ほどほどにな。それと!」
「何だよ」
「ちゃんと睡眠をとるように。これは父として、主任としての命令だ」
夏旺はちょっと眉をしかめた。が、すぐに笑みを浮かべた。
「―――…あぁ、判ってるよ」
「よし」
父は悠然と研究室から出ていった。その背中を見送りながら、夏旺はつぶやく。
「…ちゃんと睡眠をとるように――か」
さすがに体力も限界にきているらしい。やはり眠らないでいると、若さでカバーすることも無理のようだ。作業速度も著しく低下していた。
「もう少し、なんだよ…もう少…やべ、もう駄目かも…」
ものの数秒としないうちに、夏旺は机に突っ伏して安らかな寝息を立てていた。
紅の水晶が少し光ったのは、気のせいだろうか。
夏旺が目を覚ましたのは、その五時間後だった。外はすっかり闇で覆われていた。
「!…俺五時間も寝てたのか!?」
がばっ、と起き上がると白衣が床に落ちた。
「ん、あ…?あれ、俺白衣なんて……親父か」
白衣を拾い上げながら、夏旺は苦笑せずにはいられなかった。
「よりによって白衣をかけてくれるとは…親父らしいぜ、全く」
背伸びをし、軽く頬を叩いてみる。頬を叩いたのは目を覚ますためと、ちょっと気合を入れるためだった。何処かはっきりしなかった頭の動きも、現実へ帰ったように活発になる。
ふと、何かに呼ばれた気がして、思わず辺りを見まわしてみた。
「…?何だぁ?」
特に異変は無かった。――と思われた。
「わかんねぇなぁ…ま、いいや。仕事、仕事っと」
夏旺は机に向かい、古文書とにらめっこを始めようとした――その時。
『おい、お主。まだ聞こえぬのか?…名前を呼んでみるか。おい、スティラ――』
「!?」
突然、声が聞こえた。発信源は紅水晶。そして声の主は――
「赤龍!?うわっ」
『おぉ、聞こえたみたいだな。実は少々前から呼びかけていたのだが、我が如何せんこちらの世界に慣れてなくてな。どうにか慣れたようだ』
「赤龍、こっちで話せんのか!そっかぁ、希が前にそんな事言ってたっけ。これは急いで皆に報告しないと…って、おまえの話が先だな、赤龍」
夏旺はすとんと椅子に座った。紅水晶は鈍く光った。
『すまんな。そろそろ、他の龍達も慣れてきておるはずだから、我と同じように出来る筈だ』
赤龍は声と光だけで、姿が見えない。
「今まで感覚としてしかわからなかったもんなぁ。これからは意思の疎通がこっちで図れるわけか」
『そういうことだ。まぁ、毎日という訳には行かないが』
「で、こうして自己主張してきたということは…なんか話があるんだろ?まぁ、言えよ。古文書は後回しにすっから」
紅水晶を机に置いて、夏旺は椅子に持たれかかった。聖獣である赤龍に対してこの居丈高な態度。これが夏旺スタイルであった。赤龍もそんな事を気にする性質ではないので何も言わなかった。
『うむ。実はな、前々から言っておかねばと思っていることがある』
・・・・・・・・
「―――……それ、本当にあったことなんだな。そしてこれからも起こる可能性が…」
『無いとはいいきれん』
「…本気かよ…まさか…」
夏旺は愕然とせずにはいられなかった。