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クリスタル・クォーツ
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■RRN2  クリスタル・クォーツ〜水の伝承〜■

 第1話 「エンザーク」  ■担当:広川 侑■
「お疲れさま。こんなときにお呼びしたことを許してください」
 窓の外は、青空。くっきりとした真っ青な空に、マシュマロのような真っ白な雲。
 金の髪のその少女は、その空をみつめたままでそう口火を切った。
 まだ14、5歳だろうか、美しいというよりは可愛いという形容がよく似合う少女だ。
「なにかあった?」
「手張ってんだから、とっととすませろよ」
「なんて口をきいてるんだ、おまえは」
「言わせとけ。こうして来ただけえらいかもな」
「そこまで。で、なにが?」
 いつもどおりの5人に、少女はにっこりと笑顔で振り返った。
「みな、クリスタルは持っていますね」
 少女の言葉に、5人は胸元のエンブレムに目を向けた。
 直径2センチほどの宝石が埋め込まれた金縁の龍の紋章。それぞれに石の色が違う。
「この事態に持ってないわけないだろうが」
「いいかげんにしないかスティラ、その口のききかた」
「よいのよ、クレルフィデス。スティラートが言うことはもっともです。この地が危ういいま、みなをこの宮に集めただけでも問題なのですから」
 紅の石の持ち主スティラートの不満に不快を示すでもなく、少女は黒い石を持つクレルフィデスに微笑みかけた。
「赤龍のスティラート、黒龍のクレルフィデス、白龍のフェイネル、黄龍のエスペランサ、そして青龍のエリュージュ」
 名を挙げながらひとりひとりの目をみつめ、そしてまた少女は窓の外に視線を移した。
 真っ青な中に、ところどころ染みのように見える点――戦い。
「わがエンザークが誇る最強の龍騎士『アクア・ディーオ・カヴァリエーレ』。みなを誇りに思います」
「シーリア」
 青龍のエンブレムを持つエリュージュが、少女――シーリアの背後に立った。
「なにがあった? シーリア。あの大莫迦野郎がなにか言ってきたのか?」
 シーリアの肩が、微かに強張ったように見えた。
「スティラが言うように」
 エリュージュから引き継いだフェイネルが口を開く。
「今は一刻の猶予もない。魔界の狙いはエンザーク建国阻止なんてちっぽけなもんじゃない。王家の血を持つ継承者だからなんて理由付けをしちゃいるが、あいつの狙いは君だ、シーリア。他の誰でもない、君だから。あいつは単に君を自分のものにしたいだけなんだ。だから」
「早急に決着させなきゃならないんだよ」
 黄龍のエスペランサがそう言葉を繋ぐ。
「君がまだ王位を継承してないから――戴冠式がすんでないから、魔界のヤツらがちょっかいかけてくるんだよ。天の加護を持つ王位を戴いた女王には、魔の力は手が出せない。今のこの戦いがおさまれば戴冠式ができるんだよね。だから、シーリア――」
「そう」
 空に目をむけたまま、シーリアはエスペランサの口をふさいだ。
「戦いがおさまれば――それも可能になりますね。では、そういたしましょう」
 淡い水色のドレスのすそが、ふわりと揺れた。
「――シーリア……!?」
「なっ、なにすんだっ!?」
 一瞬後、5人の胸元から紋章が消えていた。
 そして、シーリアの白い両手の中に、5つの紋章。
「いままでありがとう。これよりは、それぞれの地を守るよう。エンザークは、封印します」
「シーリア!!」
「“縛”」
 とたんに、5人の動きが止まる。
「みなを一緒に閉じ込めることはできません。五龍と私だけで十分」
 その言葉に、両手の中の紋章が蒸気のように消えうせ、あとには5色の石が煌く。
「なにとぼけたこと言ってやがんだ、おめぇはっ! ひとりじゃ五龍を御し切れないって抜かして俺たちに押しつけたのは誰だっ!?」
「そういうこともありましたね、スティラート」
「……ありましたね、って……あのな、シーリア」
「なにか? フェイネル」
「だめだよ! 君には重すぎる!」
「こんなに小さな石ですよ、エスペランサ」
「潰れるのがオチだ、無理するんじゃない」
「みなに渡すまえは私ひとりが持っていたのです、クレルフィデス。最初に戻っただけのこと」
「四の五の言ってねえで返せ、シーリア。おまえには無理だ」
「エリュージュ、あなたは私をいつも認めてくれましたね? 『おまえならやれる』」
「それとこれとは話が……!」
「同じです。では」
 言うが早いか、シーリアは5つの石を頭上高く投げ上げた。引力の法則で落下してきた石は、なぜか彼女の額のまわりで円を描くように静止する。
「やめろ、シーリア!」
「このドあほぅ!」
 口々に叫ぶ5人を見渡すと、静かな微笑みを浮かべたままでゆっくりと詠唱をはじめた。
「“これは閉じられた運命の環。ふたたびの時間、すべての鍵とともに開く”」
 石がくるくるとまわりだす。
「“すべてをはじまりに。すべてをおわりに。ふたたびのとき、めぐりくるまで。命の炎――赤龍”」
 と。紅の石が円を抜け、差し出された右の掌に吸い込まれる。
「“安らぎの闇――黒龍”」
 黒。
「“優しさの輝き――白龍。癒しの大地――黄龍”」
 白、黄色。
「“そして、育みの大樹――青龍”」
 すべての石が、消える。
「“五龍とともに我を閉じよ”」
「シーリアッ!」
「――お別れです」
「だめだ、シーリア! こんちくしょうっ、呪縛を解けっ!」
「わかりました。では」
 シーリアの両手がふわりと差し上げられた――と。
 大きな音をたてて窓が開き、軽いつむじ風が5人を包む。
「……ばっ……!」
「やめ……シーリア!」
 風は、窓から外へ――陽炎のように揺らめく5人を連れて。
「ごきげんよう……」
「――シーリア…………ッ!!」
 窓が、閉じた――。

■ エスペランサ ■■■
 惑星エスタシオン。この広大な宇宙の中でも、きわめて豊かな星だ。宇宙連邦で『四季系銀河――エスタシオーネス――』と呼ばれる銀河の中心に位置し、四方に4つの兄弟惑星を従えている。緑と水が美しい、春夏秋冬を持つ平和な星。
 そんな星の上――地上はさわやかな風が新緑の香りを運ぶ。この丘にも、風は若葉の息吹を伝えている。青い芝に寝転がり淡く透明な空をながめ――彼は考えていた。今しがたまた見てしまった夢のことを。
 なんのイメージなのかは判らない。なぜ夢に見るのかも。しかし、それは幼いころからずっと見つづけている。くりかえしくりかえし、同じあのシーンを。
 エスペランサ。
 たしかに『彼』はそう呼ばれていた。簡略化されてはいたが、着ていたのは金モールの軍服。フランス史の授業の資料で見た覚えがある。『龍騎士』とも言っていたから、軍人であることには間違いはないのだろう。中世で軍人でファンタジーなのは、いい。設定はなんだってOKだ。ただ問題なのは。
 なぜ『彼』が『エスペランサ』なのか――ということ。
 ごく親しい家族しか知らないはずのミドル・ネーム――本当の意味を持つ名前。
 それがなぜ……。
「希(のぞみ)」
 ふいに視界の青空がとぎれ、替わって見なれた青い瞳が映る。
「――おばあちゃん」
 希は慌ててからだを起こすと、服についた芝を払った。
「どうしたの、そんなかっこして。起きて大丈夫?」
「大丈夫よ」
 外出の支度を整えている祖母は、希のとなりに座ると彼の栗色の髪にくっついている芝をとりながらにっこり微笑んだ。
「無理しちゃだめだよ。買い物ならぼくが行くから。せっかく治りかけてるのに。腰痛は莫迦にするととんでもないことになるって、先生も言ってただろ」
 勢いそう言った希に、祖母は華やかに笑うとこっくりとうなづいた。
「判ったわ。それじゃ、空港へ行って来てほしいんだけど、頼める? おじいちゃんのガラスを見に、アウトゥンノからお客さまがみえるの。お出迎えして工房へご案内してくれるかしら」
「アウトゥンノ? おじいちゃんのガラスって……セジュへ出すの!?」
「そうなるといいわね。3時の定期便よ、お願いね」
「うんっ」
 思いっきり頷くと、希はその場から駆け出した。
 希は孤児だった。3つのとき、ガラス職人の老夫妻に拾われ、彼らの大きな愛のもとで14年が過ぎた。素性の手がかりは、身につけていたプラチナ・プレートのペンダントだけ。「希」という名と生年月日しか記されてはいなかったが。今はコスモ・ユニバーシティ在宅コース2年に在籍し、かたわら、養祖父のガラス工房を手伝っている。栗色のさらさらした髪、同じ色の瞳。どこにでもいる元気な少年だが、育ての親の影響か、おっとりのんびりしたひなたのような優しさがそこここにあふれている。
 空港は、そう混雑はしていなかった。各惑星からの定期便が到着するごとににぎわうが、それ以外は平凡な平日の午後の空港だ。
 アウトゥンノはエスタシオンの西方に位置する商業惑星。この銀河の商業発展の中心を担ってきた星だ。セジュは、アウトゥンノ最大の企業が手がけている巨大ショッピングモール。5つの兄弟惑星それぞれに進出しているが、主星エスタシオンには最大最高級のモールが展開されている。
 希の祖父は、エスタシオンでも屈指のガラス職人として知られている。彼の手にかかるとガラスは生き物になった。その繊細かつ神秘な世界に人々は魅了され、「上月(こうづき)のガラスならどれだけ高値がついても手に入れたい」といわれる、所謂「伝説物」になりつつある。しかし、ガラス工房・琥珀亭の主は『職人』だった。どんな儲け話にも首を縦にふらなかった。
 それが。セジュの依頼を受けた。
 ――いったいどんなヤツがおじいちゃんを頷かせたんだ……?
 ターミナルの時計が3時のチャイムを鳴らし、アナウンスが到着便を告げた。

■ スティラート ■■■
「だからムリだって。なんでこの文が化学式になるんだよ」
「おまえの目は飾りか、夏旺(かおう)。この記号はな」
「古代エスタシオン文字だろーが! どこが元素記号だってんだっ」
 エスターテ科学技術省諮問科学研究所の一室。一目で科学技官と判る40代半ばの男性が、まだ到底成人はしていないと思われる少年に圧されていた。
「化学式がどーのって言う前にな、まずは文献の解読だろ。ったく、ロマンがねーよな、理系はさ」
「悪かったな、理系で。しかし、言っておくが俺は化学式にロマンを感じてるぞ。じゃなけりゃ、技官なんざやってられるか」
「――変態親父」
「屁理屈息子」
 そう。彼らは親子だ。
 父はこの研究所の主任技官、息子は同じ研究所の附属機関で考古学チームに参加している特待生。それぞれ専門分野はちがうが、似たもの親子であることは間違いがないらしい。
 惑星エスターテ。エスタシオンの南方に位置する星で、ずば抜けて高い科学力と調査技術を誇り、工業惑星としても知られている。宇宙連邦の宙航艦のほとんどにエスターテの技術が加わっていると言っても過言ではない。
 ふたりが問題にしているのは、先ごろ発見された古文書とグラス。同じ四季銀河の兄弟星インヴェルノの教会からでてきたものだ。グラスはワイングラスで、素材は虹色の色ガラスのようでもあるが、くわしいことは判明しない。この世に存在しない物質反応が検出され、技官たちを悩ませていた。古文書についても然り。言語の特定はできたが、内容がさっぱり判らない。
「とにかく、そいつはおまえに任せる、夏旺。チームで一番デキるヤツをよこせと言ったら送られてきたのがおまえだったんだ。解けなきゃ特待生からはずすぞ」
「ご自由に。コレだと知ってたら来なかったぜ。こいつの調査チーフはあんただって知ってたからな」
「まあいい。俺に対してはなにをやってもいいが、調査を妨害したら即刻勘当だ」
「……判ってるよ。俺だって、コレは読みたい。コップはどうなんだよ」
「これか……。用途は文献解読で判明するだろうが、材質調査はちょっと……な。まあ、あてがないわけでもない。まずは解読が先だ。頼りにしてるぞ」
「――了解」
 ふたりの会話は親子の域を出、専門家同士の会話に変わっていた。
 今年17になった夏旺は、両親がともに科学技官だった影響か、「エスターテの申し子」とあだなされるほどの調査能力を保持している。黒髪に黒曜石の瞳。少々頭に血が昇りやすい性格だが、そっけない対応も乱暴にも聞こえる物言いも、だいたいは照れ隠しであると思っていい。古代の文献に接しているとき以外は、あたりまえの現代っ子だ。
「渡良瀬(わたらせ)主任、宇宙局とコンタクトがとれました」
 話しこんだふたりに、机の上のイクスフォンが割り込んだ。
「わかった。パイロットはAAA(スリーエー)を頼んだんだろうな」
「はい。その件も含めて、ということですが」
「まわしてくれ」
 奥の通信室に消えた父を見送り、夏旺はそっとグラスを手にとった。
 差し込む陽に、虹色に輝くグラス。
 その色に、何故か懐かしさを覚えた。
 ――スティラート……
 幾度となく繰り返し見る夢。その世界に通ずるものが、手の中のグラスにはある。
「夏旺、来い」
 父が通信室から彼を呼んだ。
 夏旺はグラスをテーブルに戻し、席を立った。

■ クレルフィデス ■■■
 聖マリアンナからの並木道は、授業を終えた学生でにぎわっていた。「精神の地」と呼ばれるインヴェルノはエスタシオンの北方に位置する惑星で、教育・学問関連機関が集結している。そのなかでも最大規模を誇る聖マリアンナは、神学では常にトップにランクされている有名校だ。
 図書館から出てきた何人かが教育棟からの一団と合流して、談笑はさらに盛りあがる。話題はさまざまだが、どうしても10日後の学祭にあわせておこなわれるダンスパーティーのお相手のことが中心になりがちだ。誰を誘った、誘いたい、誘えないと、互いにからかいと冷やかしと激励が交錯する。
 途中でひとりふたりと抜けていき、住宅街に入るころには結局4人になっていた。が、話題は変わっていないようだ。
「セゾンA棟の彼女はいいよなあ」
「あ、あの子はだめだめ。おかたいんで有名だぞ。でも、それが冬星(とうせい)に気があるって噂は知ってるか?」
「なんだってっ? おい冬星、ほんと――なにやってんだ、おまえ」
 3人が振り返ったとき、彼らの何歩か後を歩いていた冬星は歩道に立ち止まって右手の中をみつめていた。
「なんだよ、呼び出しか?」
 と、彼の手元を覗きこんだひとりが、納得したように頷く。
「ああ、親父さんか。じゃ、あの件だろ、例の古文書」
「あれはセンセーショナルだったよなあ。同級生宅が遺跡レベルの大発見現場になったんだから」
「都築(つづき)先生の用じゃしかたないな、行けよ冬星。レクリエーションの買い出しなんざこっちで適当にやっとくから」
「――悪いな」
「いいって。明日のランチでチャラにしてやる」
「俺、C定食な」
「B」
 3人の言葉に、冬星は苦笑しつつもメモボードを上着のポケットにしまう。
 都築家は司祭の家系だ。いまのままでいけば、ひとり息子の冬星もその職を継ぐことになる。漆黒の長い髪に闇色の瞳を持つ彼は、幼いころから静かな少年だった。17になったいまでも、それは変わらない。寡黙さは、ときには神秘に摩り替わるらしい。同年代の少女の間では、ちょっとした憧れの君的存在になっている。が、彼の本質を知る者は一様にため息をつくのだ。神秘のヴェールの中身は――
 そのとき。
 静かな住宅街に、突然けたたましい警報ベルが響き渡った。
 人々が、音のするほうに駆けて行く。例に漏れず、4人もそれにならった。
 ある家を遠巻きに、人だかりができていた。遠くでエアパトカーのサイレンも聞こえている。
 野次馬の情報を総合すると、要は誘拐監禁事件が起こっていたのだ。男がひとり、幼い女の子を誘拐して、この家の2階に閉じこもっているらしい。
「旦那だってよ、ここの」
「なんだあ? 自分ちで人質とってんのか?」
「それが、こどもは自分のじゃないとか」
「はあ?」
「向かいのメゾンの子だってさ。誘拐親父は、自分のこどもだって主張してるって」
「なんだそりゃ。おい冬星――冬星?」
「……またかよあいつ。またヤバいことやってんじゃ……って、あの莫迦!」
 いつのまにか姿を消した冬星が、何故か問題の家の2階ベランダにいた。
 警察や人々が気がついたときには遅かった。
 ガラスが割れる派手な音と、続いて起こった男の悲鳴。
 慌てて警察が家の中に突入していった。
「あの不言実行、なんとかなんないのかよっ。ホントに聖職者の息子か、あいつは!」
 あっというまのできごとだった。事件はあっけなく解決し、誘拐犯は連行され、冬星は。
「すみません。あいつ、マリアンナの都築教授の息子で、先生の至急の呼び出しを受けて帰っちゃったんです……」
 後始末は、残された3人に託されていた。
 話題の本人は、エア・ロードを自宅に向かいながら友に感謝していた。感謝しつつ――自分のことも考えていた。
 この感じ。いつもそうだ。騒動のあとでからだに残る感触は、自分のもののようでそうではないような気がした。
 あそこでもそうだな……あの夢の世界――
 真っ青な空を背景にした夢をみる。くりかえして何度も。それとともに名を呼ばれる。『クレルフィデス』と。その世界で受けるイメージが、いま彼のからだにある感触と酷似していた。
 と、ポケットのメモボードが着信を告げるチャイムを発した。
 冬星は軽く息をつくと、ポケットへ手を入れた。

■ フェイネル ■■■
 アウトゥンノを出た定期便が無事にエスタシオンの空港へ着いたと報告が入った。了解を伝えてイクスフォンのスイッチを切り、輝(あきら)は社長室をあとにした。
 ショッピング・モール・セジュの代表を務める父が、商談でエスタシオンに飛んだ。その商談をまとめたのは、実は輝だ。
 輝が上月のガラスに出会ったのは偶然だった。大学の講義室の演台に小さなランプが無造作に置かれていた。場所と物の不一致に惹かれてつい手にとり――輝は一瞬でそのランプに魅了された。18年生きてきて、はじめて目にしたものだった。透き通る材質はガラス。しかし、ガラスでは到底出せないはずの微妙で繊細なかたち。本当にガラスなのかと自分の目を疑い、そして創り主に会いたいと思った。
 それが2か月前。ランプの出所を調べ、作者を捜し、そして訪ねた。その結果が、今日につながっている。
 表はいい天気だ。外へ出たのはなんだか久しぶりのように感じ、思いきり深呼吸をする。社内では切っていたメモボードのスイッチを入れると、山のようなメッセージタイトルが表示された。ほとんどが友人だが、企業からのものも目立つ。
 つい何日かまえに18になった輝は、ジュニア・スクールのころから父に連れられ会社に出入りし、今は父の影の参謀格として――社内の評価はそんな軽いものではないのだが、如何せんまだ学生であることを考慮して――風水(かざみ)グループの経営に参画している。が、普段の輝はコスモ・ユニバーシティ・エコノミクスクラス2年に籍を置くごく普通の学生だ。ダークブラウンの髪と瞳、あっさりさっぱりきっぱりはっきりした性格。明るく覇気のあるムードメーカーとして、友人からの信頼も高い。
 自宅へと向かいながら返信が必要なメッセージを選んでいたところへ、また新たにメッセージが入った。
「――心配性だな、親父は」
 メッセージは父から。父は輝にもエスタシオンへ同行しろと言っていた。上月を口説き落とした輝が行かずにどうするのか、と。しかし今日は輝にもははずせない予定が入っていたため、父は単独でエスタシオンに向かったのだ。父には輝がいないことが少々不安らしい。らしくない弱気なメッセージに、輝は苦笑する。
 心配。
 自分で発したこの単語に、輝はふとあるイメージを思い出した。
 ――なにか? フェイネル……
 そう言いながら、彼女の瞳には不安の影があった。
 それは夢の話。いつからか忘れてしまったほど以前から見つづけている夢。彼女の不安は取り除かなければならないと思う。しかも「自分たち」で。輝にも判らないが、それは輝ひとりの問題ではない気がしていた。
「夢なんだけどな……」
 手の中のボードに次々とメッセージが入るのを眺めて、輝はイメージを吹っ切るように前を向いた。

■ エリュージュ ■■■
 連邦宇宙局エスタシオン支局から戻ったばかりで、樹(いつき)は航空センターに呼び出された。インヴェルノからエスターテを経由してエスタシオンまでの航宙ミッションの依頼だ。
「俺じゃなきゃいけない理由はなんです?」
 センター長を前に、樹はあまり機嫌がよくないらしい。ミッションの内容が納得いかないからだ。
「たかだか骨董品でしょう。それになんでここまで重装備しなきゃならないんです」
「それが、たかだかじゃなくなりそうだからだよ」
 インヴェルノで発見された古文書とグラス。それがどうもわからない謎の品として扱われている。それで、各専門家を集結することになった。インヴェルノから発見者、鑑定を依頼されたエスターテの科学技師、加えて依頼品をのせてエスタシオンへ――というのが今回の依頼だ。
「だからって、どうして。AAAは俺だけじゃない」
「AAAのトップは君だ、樹」
「向こうの依頼は“AAAで”でしょう。名指ししてるわけじゃ」
「名指しも同然なんだ。“一番信頼がおけるトップパイロット資格を保有しているアストロノーツを”。この条件にあてはまるのは、宇宙広しと言えどプリマヴェーラの椎堂(しどう)樹をおいて他にいるか?」
 その言葉に、樹は思わず天を仰いだ。
 惑星プリマヴェーラ。エスタシオンの東方に位置する。肥沃な土地と温暖な気候から「春の惑星」と言われ、古代より農業でこの銀河を支えてきた星だ。
 樹はここで生まれ、空と星を眺めて育った。宇宙に憧れ、8歳ではじめて空へ出て、あっというまにアストロノーツ試験の難関を突破。即刻連邦宇宙局へ奨学生として迎えられ、10年が過ぎる。その間にあらゆる航行資格を取得し、連邦にも数人しかいないAAAパイロット資格を持つ史上最年少天才アストロノーツというのが現在の彼だ。黒髪に、プリマヴェーラでしか見られない瑠璃の瞳を持つ樹には、竹を割ったようなという表現がふさわしい。口は悪態をついていても、一旦引き受けた依頼は完璧にこなす。
「頼むよ、樹。特別休暇をつけるから」
 世話になっているセンター長に頭を下げられてしまっては、いかな樹といえどこれ以上の反論は無理だった。
「頼むって……もう決まってんでしょうが、俺の意志には関係なく。……わかりました、行きます」
「本当か!?」
「行かなきゃ困るんでしょ。行きますよ」
「いやあ、そう言ってくれると思ってた。君はいつも私を認めて助けてくれるな、うん」
 満面に笑みをたたえたセンター長につられて一緒に笑いながら、樹は頭の中で今言われた言葉を反芻し、そうしてひとつのシーンを思い返していた。
 私を認めてくれる。
 夢のあの地で自分をエリュージュと呼んでいる少女。彼女はいつもこの言葉を使う。大きな信頼を感じるこの言葉。応えたいとは思うが……幾度となく聞くこの言葉は、夢なのだ。樹には夢とは思えない部分もあるのだが。
「帰ったら1週間の休暇を出そう」
「了解。出発はいつです?」
「今夜だ。今、資料を出すからな」
「……りょーかい……」
 力なくそう応えて、樹は大きくため息をついた。

■ * * * ■■■

 いったいなにが起こったのか。

「あれ? ……照明」

「おい、切れたぜ、通信」

「エア・ロードが……?」

「受信エラー?」

「これは――。センター長、全館にスクランブルを」

* * *

 一瞬、四季系銀河のすべての電力網が麻痺した。本当に一瞬――ほんの30秒ほどの出来事だ。
 しかも、エスタシオン、エスターテ、インヴェルノ、アウトゥンノ、プリマヴェーラ――この5つの惑星で、同時に。
 なんの予告もなかった。
 ただ、本当に突然、電力が途絶えただけ。
 30秒後には復旧し、あとは何事もなかったかのように平常に戻った。
 ただひとつの謎を残して。


■ シーリア ■■■
 ふと気がつくと、一面の青空が映った。
 からだを起こし、あたりを見まわし……お互いに目が合った。
 草原。さやさやと風が渡る。
 エスタシオンの希。エスターテの夏旺。インヴェルノの冬星。アウトゥンノの輝。プリマヴェーラの樹。
 5人がそこにいた。
 たった今まで、5人はそれぞれの地でそれぞれの役割を果たしていた。そこに突然の停電。次に気がつくと――
「なんなんだよ、これは……」
 そのとおりだった。
 ここがどこか、目の前にいるのが誰かなぞ考えている余裕は5人にはなかった――いや、なくなった。
 風が止まった。と、思う間もなく突風が吹き、そして。
「○▲×■●◇△」
「×○●△?」
「◇■」
 風がおさまったあとに立っていたのは……どうみてもおとぎ話に登場する魔法使いのじーさん、ばーさんを装ったノームもどき。
「△」
「×●?」
 5人は、一様に草の上に座り込んだまま、ぽかんとして謎の老人ふたりを眺めていた。
 自分が置かれた現状が、どうにも理解できないのだ。
 ちいさな老人たちはなにやらしきりに話しかけていたが、やがてむっつりと黙り込んだ。言葉が通じていないことが、やっとわかったらしい。ふたりは5人をそのままに、こそこそと相談をはじめた。
「……これを……どう思う」
 とりあえず、といった口調で、樹が口を開いた。
「超常現象」
 と、夏旺。
「ミステリー・ゾーン」
 と、輝。
「いや、電磁波の影響でからだがおかしくなってるだけじゃないかと」
 と、冬星。
「……夢だよ、きっと……」
 と、希。
「――そうだな。夢に近いかもしれない」
 と、いいだしっぺの樹。
「プリマヴェーラで、おかしな停電があった。俺が覚えてるのはそこまでだ。気がつくとここにいた」
「ぼくも。エスタシオンでもそうなんだ。いきなり空港の照明が消えて」
「俺んとこはエスターテだ。通信機能がパー」
「インヴェルノ。都市機能が一瞬麻痺し、あとは同じだ」
「うちもだな。アウトゥンノ。メモボードにエラーが起こって、以下同文」
 5人は現状把握にかかったが、まわりはどんどん収拾がつかなくなってきていた。
 老人たちが5人には意味不明の言語でなにか叫ぶたび、もうもうとした煙とともにあたりに人が現れた。1回あたりに5人から10人が呼び出されているので、これでもう50人ほどは集まっただろううか。しかも、その全員が……兵士らしい。
「××●◇」
「△!」
 号令がかかり、50人が5人をぐるりと取り囲む。
「……とりあえず」
「ひとまずこれをなんとかしなくちゃならないか」
 ゆっくりと立ちあがり、ごく自然に背中合わせに位置をとる。
「犯罪になんない?」
「わけのわかんないまま黙って殺されるよりはマシだろ」
 ちょっぴり不安げな希の言葉に、夏旺がそう応える。
 輪がじりじりと狭まる。兵士たちの手には剣や槍。相手にはあきらかに悪意が伺えた。
「“未知の惑星およびそれに類する場所すべてにおいての不意な障害ならびに不当な攻撃、危害ほかこれ相当の状況に置かれたとき、双方の生命の危険を回避する防衛は、これを正当防衛と認め処罰の対象外と定める”。連邦法第29条3の5項だ」
「上等だ。それじゃ――」
 飛びかかってきた一番手を軽くかわして腕をとりそのまま投げとばした輝が、ふっと笑顔になった。
「今ので思い出したぜ。プリマヴェーラの天才アストロノーツ、椎堂(しどう)樹(いつき)――だろ」
「あんたもね、どっかで見た顔だと思ったが……アウトゥンノ、風水グループの御曹司、風水(かざみ)輝(あきら)」
 2番手を殴り倒し、樹がそう応える。
「×!」
「○◇!」
 新手が呼び出されていたが、ここまできたら相手が何人でも同じだった。
 勢いづいてかかってくるのを張り倒し、投げ飛ばし……とりあえず兵士たちは5人の敵ではなかった。その証拠に。
「風水って……おじいちゃんに会いにくるセジュの代表の?」
 斬りかかった剣を両手で受けとめ、蹴りを入れながら希がそう聞く。
「おじいちゃん? てことは……おまえ、上月(こうづき)の孫の希(のぞみ)か?」
「上月?」
 応えた輝に、夏旺が。
「ガラス職人の上月かよ。グラスを鑑定するっていう」
 と、ひとりから槍を奪って何人かまとめて片付けた冬星が振り返りざまに。
「エスターテの申し子というのはあんたか……。うちから出た古文書を解読しているという」
「渡良瀬(わたらせ)夏旺(かおう)! そういうおまえはアレだな?」
「有無を言わせず俺にミッションを受けさせた依頼人、インヴェルノの都築(つづき)教授んとこの息子」
「――冬星(とうせい)だ」
 同時に、5人の一斉攻撃がまとめて10人以上をふっとばした。
「とりあえず、お互いの素性はわかったな」
「どーでもいいけど、キリがねえぞ」
「だな」
「ぼく、こういうときに役に立つ言葉を知ってるよ」
「……それ、だいたいはみんな知っているんじゃないか?」
「よし、それじゃ楽しい“先人の知恵を敬え”ごっこをはじめよう。輝、じーさん頼めるか?」
「ああ。夏旺、道を頼む」
「よっしゃ」
「俺が最後尾につこう」
「じゃ、ぼくがきっかけ」
 そう言うと、希は敵陣の真ん中に駆け出し――突然ばったりと倒れた。
 敵さんの大部分がそれに釘付けになった、そのとき。
「×◇!!」
「△■!!!」
 まったく逆方向から、素っ頓狂な悲鳴があがった。
「どけどけどけ!! 邪魔するとじじいたちの首がとぶぞ!」
 ザッと輪が割れ、輪の外へと走り出してきたのは――先頭に剣を携えた夏旺、次にじーさんを抱えた輝と同じくばーさんを抱えた樹、そこにダッシュしてきた希が入り、最後に槍を持った冬星が続く。
 あっけにとられてそれを見ていた兵士のひとりが、はっと我に返った。慌ててあとを追ったが、何歩も行かないうちにその場に凍りつく。
「……それ以上前に出ると命がなくなるぞ……」
 胸の前に冬星の槍。
「手を出せ」
 有無を言わせぬ冬星の言葉に、兵士は震える右手を差し出した。
「胸に刺さらぬよう、しっかり持っていろ」
 言われて、目の前の槍の柄を慌てて両手でつかむ。
「よし。返したぞ」
 そう言うと、冬星は槍から手を離し、そのまま4人のあとを追って走り去った。
 あとは。
 50人を越える兵士集団は、ただ呆然とそれを見送るしかなかった。
 草原をどのくらい走ったろうか、兵士集団が視界から完全に消えたことを確認して、樹がまず立ち止まった。
「輝」
 少し先を行く輝を呼び戻し、そして。
「×▲!!」
「○◇●!!」
 まず。叫ぶ老人たちのローブの裾を個々に結ぶ。次いで、腕を抜いた両袖を後ろ手に一度結び、さらにその袖を使いふたりを背中合わせに結びあわせる。すると。
「さすがはAAAアストロノーツ。手際いいじゃねえか」
「けど、なんか……気の毒だね」
「別に危害を加えているわけじゃない」
「年寄りは丁重に扱わなきゃな。こうしておけば、ヘンに暴れない限り怪我もしないぜ」
 5人の前に、ローブから顔だけ出した恰好の袋入り魔法使いが2個できあがっていた。
「その気になりゃ、簡単にほどけるからな。またなんか仕掛けられないうちにここから離れよう」
「先人の知恵を敬えシリーズその1“逃げるが勝ち”」
「おじいちゃんたち、お迎えがくるまでこうしててね。大丈夫、きっとすぐだよ。それじゃね」
「◇▲×!!」
「■◇●×!」
 身動きできずに怒り狂う老人たちに手を振ると、5人はその場を離れた――が。
「……ここはもしかして自然史動物園か……?」
「……違うと……思うが……」
 どれだけも行かず、また障害に阻まれる。
 森への入口に大きな湖があった。そこでこれまたとんでもないものが待っていた。
「かわいいよ」
「希、おまえどうかしてるぞ……」
「かわいいというより、希少価値が高いと言ったほうが」
「金に換算するな、輝」
「――馴れている」
「冬星っ!」
 別段恐れるでもなく冬星の右の掌にお手をしているのは――
「やめろ冬星っ、相手は龍だぞ、食われたらどーすんだあっ!」
 そう。
 それは見事な龍。体長5メートルはある龍が、のんびりと水に浮かんでいる。
「落ちつけ夏旺。別段危害を加える気はなさそうだし、こっちがどうこうしない限りは」
「たとえ食われてもどうこうできる状態じゃないぜ、樹……こうなったらもう、な」
「…………」
 気がつけば。
 5人の上空に、さらに4匹の龍が浮かんでいた。
「――目的はなんだ」
 どっかりとその場に座り込んだ樹がひとりごちる。
「おそらくここは『地上』じゃない。どこの星の上でもないはずだ。ひとつだけ思い当たる場所があるが……仮にそこだとして……いったいなにが起こっているのか」
「呼ばれた、とすれば辻褄はあいそうだな」
 となりに寝転んだ輝が、青い空と龍を眺めてそう口を開く。
「ここがあの場所なら……俺には納得がいくんだ。呼ばれても当然だと」
 輝の中に、あの夢が広がる。あの、瞳。もしそれに呼ばれたのだとしたら――。
「……輝」
「ん?」
「夢……みたことないか?」
 樹が空をみつめてそう訊いた。
 風が、ふたりの間を抜けた。
「――俺だけじゃなさそうだな。おまえも……そしておそらく」
「樹、輝!」
 水辺から希がふたりを呼ぶ。
「大丈夫、いいこたちだよ!」
「おめーは警戒心ってのがねーのか、希っ!」
「怒鳴ってないでやってみろ、夏旺。ほら、お手」
「ほ、ほらじゃねえっ!」
 おそらく。
 樹と輝。目が、合った。
「……アクア……ディーオ」
「カヴァリエーレ――」
 ――ぱぁん……!
 突然。
 湖が、揺れた。
「なにっ?」
「希、夏旺!」
「うわっ」
 水辺にいた龍が、すぅっと湖に潜る。
 残りの4匹もそれに続く。
 そうして。
 5人の目の前で、神話が、紐解かれた――。

* * *

 湖から、青く透きとおる水球が生まれた。
 五龍を従え宙に昇ったそれは、陽の光に澄んだ音をたててはじけた。
 そして。
「…………シーリア……」
 誰からともなく発せられたその名に、少女は静かにその地に降り立った。
 ゆるく輝く長い金の髪、透きとおる白桃の頬、花びらのようなくちびるに水面色の大きな瞳。まだ14、5歳にみえる、小柄な少女。
「――よく……来てくれました」
 にっこりと微笑んだ少女の花びらのくちびるから、やわらかな鈴の音を思わせる声が流れる。
「ここは、天と地の狭間。新たな使命を持って、新たな大地へと生まれゆく地。どうかみなのちからを貸して下さい、この地のために」
 そう言って、少女は右手を高く天に差し上げた。すると。
 湖に小さな竜巻が起こり、五龍を呑み込み、空に昇り――散る。しばらくして、差し上げられている少女の手の中にキラキラと輝く小さな光の粒が降りた。
「今、大きなちからがこの地を蝕んでいます。私ひとりでは防ぎ切ることはできません。この地を支える5つの大地を守護するちからを持つみなに、五龍を託します。どうかこの地に新たなる息吹を」
「…………夢じゃ…………ない……」
 草の上に座り込んだ希が、小さな声でそうつぶやいた。
「ああ……夢なんかじゃねえぞ…………」
 少女をみつめたままで、夏旺が応える。
「――ずっと捜していた……そう思う。この地を」
 冬星。
「あれは俺自身の記憶じゃない。けれど、俺がやらなきゃならないことだ」
「輝が言うように記憶なのか、それともこれから先の予告なのか――それはどうだっていい。けれど」
 そう言うと、樹はゆっくりと少女の目の前に立った。
「俺は意味を知りたい。あの夢と、そしていまここに俺がいる、その本当の意味を」
 少女の前に、5人が揃った。
 そのひとりひとりをみつめて静かに微笑んだ少女は、ゆっくりと頷く。
「ここは、水龍が司る天界の水の都エンザーク。しかしまだ完全ではありません。この地を建てることが私の使命。一度女王のちからを授ければ、この地は新たな大地――惑星としての命を得ます。水のちからは命のちから。生命の源です。そうやってエンザークの王位を継ぐ者は新たな大地を育んできました。けれど……いつだってそれには魔が妨害に入ります。私にはまだ魔を封じ込めるちからはない。ですから……みなを呼びました。わがエンザーク最強の守護騎士であるアクア・シールを」
「総合すると、こうだな? ここがエンザークとして建国し女王が即位してちからの調和がとれたとき、エンザークはさらに進化して新しい惑星になる、って」
「それには」
 簡単にまとめた夏旺に続けて、希が口を開く。
「ぼくらのちからが必要ってこと? アクア……シール? なんだかわかんないけど、そのちからをもってるのがぼくたちで、だから君に呼び出された、と」
「そうですね。そうなります」
 少女がふたりの言葉を肯定した、そのとき。
 湖の背後――森の奥から、派手な爆発音がした。
 少女からさっと笑顔が消える。
「時がありません」
 握っていた右手を開くと、さっきの光の粒――五色の水晶が現れた。
「白龍――これはあなたに、フェイネル」
 と、透明な水晶を渡されたのは、輝。
「黄龍はあなたに、エスペランサ」
 水晶は薄い黄色。相手は希。
「スティラート、あなたは赤龍を」
 紅色の水晶。受け取ったのは夏旺。
「黒龍を、クレルフィデス。たのみます」
 黒曜石を思わせる黒い水晶を渡されたのは冬星。
「そしてあなたには青龍を。みなをお願いしますね、エリュージュ」
 最後に青い水晶を樹に託し、少女は天を仰いだ。
「お、おい! なんでその名前を知ってんだっ?」
 しかし、少女には夏旺のその声は届かないようだった。微動だにせず空の一点を見据え、そして。
「――来る」
 そうつぶやくと、空をみつめたまままるで楯になるかのように5人に背を向けた。
 目がさめるような青の中に、小さな黒い点。それがどんどん大きくなり――
「……伏せろ! ――シーリアっ!」
 そう怒鳴った樹がシーリアの腕をつかんで自分のからだの下に引き倒したのと、湖の向こうの森の大部分が吹き飛んだのは同時だった。
「樹、シーリア!」
「怪我は?」
「……俺はいい、シーリアを」
「野郎……なんてことしやがるんだ……っ」
 美しい緑のほとんどが黒く変わり、森はもとのかたちをなくしていた。
「――気を抜くな、まだ終わっちゃいない……」
 5人を背に立ち上がった輝が、そう警告する。
 と。
 空気が変わった。
 気温が一気に降下したように、冷気がみなぎる。
「……いけない……危険です……!」
「樹、シーリアを頼む。夏旺、希、散開しろ。冬星、バック頼むぜ」
「輝」
「一番頼りになるヤツを残す――これが俺のやり方だ、キャプテン。覚えとけ」
 なにか言いかけた樹を遮りそう言った輝は、姿のみえない闇の真正面に立った。
 冷気がどんどん増す。
「あきら……輝、あそこ!」
 希の声に、示されたほうを見る。
 影があった。
 薄青い、ぼんやりとした、影。
 それが、一歩ずつ確実に近づいてくる。
 とたんに、これまで経験したことのない恐怖が一帯を支配した。
 と。
 光。
「だめだっ!!」
 どぉん……!
「――希っ!」
 いきなり襲った光に、咄嗟に前方に飛び出した希から放たれた金色の光が激突した。金の光の余波が、シールドとなり5人とシーリアを包み込む。
「……なにこれ……」
「しっかりしろよ、本人っ。ほら、立て!」
 やった当人が一番驚いて動けなくなっていたのを、夏旺が無理やり立たせる。
「――使い手を呼んだか、王女……」
 闇が、口をきいた。
「誰だっ!」
「いけません、スティラートッ!」
 闇に走り出そうとした夏旺を、シーリアのするどい声が止めた。
「――何人呼んでも、誰を呼んでも同じこと。まあ……よい余興にはなるだろう」
 その言葉に、シーリアは樹の支え手を振りほどいて立ちあがった。
「ここは光の加護を受ける地。おまえが立ち入れる場所ではない、早々に闇に去れ!」
「あいかわらず気の強い姫だ。よかろう、助けを呼べた褒美に今は退こう。が……その連中、本当に助けになるかな」
「“断て大気の剣 エアリアル・ソード”!!」
「うわっ!」
 シーリアの詠唱に、なぜか輝が攻撃を仕掛けた。
 右手から放たれた白銀の光が、影もろとも闇を斬り裂いた。
「――まあまあだな。では……」
 気配が、消えた。
 陽の光が戻り、冷気がうそのように去った。
「シーリア」
 くず折れた華奢なからだを樹が抱きとめる。
 シーリアのまわりに全員が集まる。
「だいじょうぶ……大事はありません……。わたしは……影です……」
 そう言うと、力なく微笑んで。
「からだは、宮に。いま私は宮を離れることができないのです。宮までみなをと思いましたが……そこまでのちからはなかったようです。けれど、五龍を託さねばならず……五龍に影を運ばせました。もう五龍はわたりましたね」
 白い右手の指が一番手近な樹の胸元に触れた。と、5人の胸元がやわらかな光に包まれ――
「これは」
「……りゅう……?」
「水晶が……」
 ついさっき渡されたそれぞれの水晶を埋めこんだ龍の紋章が、その胸元に輝いていた。
「わがエンザークが誇る最強の龍騎士『アクア・ディーオ・カヴァリエーレ』。そのクリスタルが五龍……みなが司るちからです。馴らすには少しばかりくせがあるでしょうが、すぐに使いこなせるはず」
「からだが……!」
 影が消えかかっていた。
「スティラート……」
「なんだ」
「言葉には、意味があります。この地は、天と地の狭間。すべての命を司る水の都。言葉もまた……命です。おわかりでしょう」
 それは夏旺の疑問に対する答え。なぜ名を知っているのか――それだ。
「シーリア、待ってっ。まだわからないよ、このままじゃなにをどうすればいいのかぼくたちには……シーリア!」
 もう支えは要らなかった。
「……宮で……お会いしましょう…………」
 ふんわりと微笑んで――影が消えた。
 風が、舞った。
 しばらく……誰もなにも言わなかった。
「言葉もまた命……」
 草の上に座り込んだ夏旺が、シーリアの言葉を反芻する。
「要は……言葉そのものに効力があるってこった。ごく限られた身内しかしらないミドル・ネーム。その人間に対する本当の意味を持つ名前。その意味が……ここではちからを持つ――ってか……」
「深いよね……って、夏旺……」
「あん?」
 希の声に妙な緊張感があったので夏旺は顔を上げた。
「……半透明……」
「なに?……って……ああ……」
 5人とも、消えかかっていた。一斉に大きなため息が出る。
「とりあえず運命を享受しょう。なあに、またすぐ会うって」
「俺たち5人、運命共同体らしいからな。ばらけてもあっという間にもとどおりだぜ、きっと」
「願わくは行き先が地獄ではないことを祈っておこう」
「縁起でもねーことゆーんじゃねー。しかしいっぺんうちに帰りたいな、解読が途中なんだ」
「ぼく……お客さんを空港にほっぽってきちゃったんだよ……どうしよう」
「帰りたいって願えば叶うんじゃないのか? 言葉そのものに効力があるんだろ?」
「ちょっと解釈が違うような気もするが……ミッションがあるから帰らなきゃな」
「あ。なんかからだが……」
 ――。
 草原を、風が渡った――。

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。。。あとがき。。。
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