■RRN2 クリスタル・クォーツ〜水の伝承〜■
第2話 「二つの日常」 ■担当:エル■
エスタシオーネス星系には、既に国家という概念はない。すでに国家は「惑星連合」という形で統一が成されている。
エスタシオン主星を中心に、東方星プリマヴェーラ、西方星アウトゥンノ、南方星エスターテ、北方星インヴェルノ各星からなり、既に惑星間の航行が可能な域までに科学が発達している。
歴史で幾度となく繰り返された戦争、災害。
ありとあらゆる危機を乗り切り、エスタシオンは進化を遂げてきたといっても、過言ではない。
だからこそ、異常とも言えるテクノロジーが発達している今日に至るも、惑星本来が持つ自然とも調和が取ることに成功した。
幾多の危機を乗り切り、超科学力を培い、それを駆使し、そうしながらも自然と手をとり平和の礎を築き上げた星系。それがエスタシオーネス。
しかし、エスタシオンの超科学力を持ってしても、エンザークは存在の認知はおろか、名前すら知られていない。
希をはじめとする、アクア・ディーオ・ガヴァリオーレに任命された5人を除いては。
■ ■■■
希は一瞬の出来事に、目が点になった。
「また来ちゃった、のか」
抜けるような青空に草原を渡る風。まぎれもなく、ここはエンザークだ。
希は、ようやく事態を把握した。いや、するしかないと、ただ開き直ったのかもしれない。
その、刹那。
胸元のエンブレムの水晶が光り輝き、中から真の姿をあらわした。
東洋の神話などに伝わる、「神」と呼ばれる存在と同質の姿をしている、「龍」。
希――エスペランサ――の黄龍だ。龍は、いささか、時代がかった口調で静かに希に語りかける。
『ご足労いたみいる』
「……いきなりだね」
『我らはエンザークの危機、すなわちシーリアを守る宿を持つ定め。』
「それはわかるけど……他のみんなは?」
『今回は我らが受け持ちの地の異変ゆえ、召喚されたのは我らだけだ』
「それでシーリアも姿を見せてないんだ。それにしても、僕らの地、か」
『エンザークは、宮と呼ばれる城砦都市を中心に、五つの大陸によって構成される』
「一つの地に、一人のアクア・シールがいる計算になるのか」
『王女の負担を軽くする故、やむない判断と理解してもらいたい』
「要は、敵が来てるんだね?」
『そうかもしれぬし、そうでないのかもしれぬ』
「なにそれ? えらく曖昧な表現だね」
『この地の「意志」が我らを呼んだのだ。詳細は我も把握していない』
「ぼくたちは、この地とつながっている……と?」
『然り。基本は、我らの領土は我らのみで守る事となる』
「ま、いいけどね。それじゃ早いとこ問題を片づけてしまおう」
『了解した。我の背に乗るといい』
「わかった」
希は身軽に黄龍の背中に飛び乗った。
『行くぞ、アクア・シールの力継ぎし我が同胞よ』
「え?行くってどこ……ちょっとまだ心の準備が…………うわっ」
黄龍は引力に逆らい猛スピードで空を駆る。希は落ちないようにするのが精一杯だった。
そして、その日の夜。
『……とまあこんな事があったんだよ』
「それはまた、いきなり大変な目にあったな」
話を聞いた樹は、さすがに苦笑いを隠す事を出来ずにいた。惑星間ネットワーク通信のヴィジュアルフォンは、希の身の上に起こったことを、リアルタイムな映像として伝えてくれている。時間は二十一時を回っていた。
『大変と言うか、何と言うか。どっちかと言うと帰った後のほうが大変だったかな。本当のことを言うわけにも行かないしさ。でも、おもしろいこともわかったよ。時間の流れがね、なんだか違うみたい』
「時間?」
『うん。むこうで結構な時間経っているはずなのに、戻ったのは連れ出されてからほんの数分後。これ、自分でコントロールできるようになったら、たぶん誰にも気付かれないで』
「行き来が可能になるってか……」
『だと思う。消えた瞬間に戻ることって可能なんじゃないかな』
「なるほどな。……まるで転送機でも使ったようにふっと消えたかと思うと」
『そこはもう遥かかなたのエンザーク。せめてこっちで龍と意志の疎通が出来ればいいんだけどね。そうすれば理解も深まるから』
「今は何も伝わらない、と?」
『漠然とした意識と言うか、意思は伝わるんだけど、はっきりとした形では。エンザークのことを聞こうにも用事が終わったらすぐさまとんぼ返りだからそんな暇もなかったよ』
「俺達が慣れていないからか、でなければ龍がエンザーク以外の地になじめていないのかも知れんな」
『色々試しすしかないね。どの道、コントロールできるようにならないといけないしさ』
「それにしても。土地の意志に龍の意識……なるほど、シーリアが言ったように一癖も二癖もありそうだな」
『というわけで、一応みんなにも伝えておいたほうがいいと思ってさ』
「わざわざすまないな。しかし、よく家の連絡先がわかったな」
「こういう時、相手が有名人だと助かるよ」
「冷やかすなって。で、肝心な事を聞いておかないと」
『向こうで何があったか、だね?』
「ああ。呼ばれた原因は何だったんだ?」
その問いに、希は苦笑いを浮かべた
『旅人が、入り込んだんだよ』
「はぁ?」
『黄龍の話だと、エンザークにはめったに外の人が来る事はないらしいよ』
「何者だったんだ?」
『カシュウって名乗ってた。さすらいの吟遊詩人だってさ』
「思いっきりいかがわしいな。何しに来たんだ、そいつは」
『各地を回って詩のネタを仕入れているらしいよ。向こうに精通してる人なのかもしれない』
「…………」
『樹。どうかした?』
「いや、何でもない。それからどうなった?」
『それがさ。黄龍はすんなりと彼をエンザーク内へ通しちゃったんだよ』
「じゃ、揉め事のたぐいはなかった訳だ」
『うん。少なくとも向うでは、ね』
「何事もなかった事を喜ぶべきなのか、エンザークに振り回されたのを嘆くべきなのか、判断に困るところだな」
『はは、そうだね。でも一度受け入れるって決めたから、どうにかなると思うよ』
「そうだな……って、おいっ」
『樹、どうしたのっ』
希の疑問に応える代わりに、樹の姿はふっと消えた。
希は、樹の身に何が起こったのか瞬時に理解できた。彼が更に難色の笑顔を浮かべたのは、言うまでもないだろう。
という具合に。
5人それぞれに似たり寄ったりの事態が起こっていた。
樹もあれから十数分後には自室に戻り、次の日には仕事へ出向いているし、希は希で、ガラス職人の祖父の手伝いをしつつ、日常の雑務をこなす毎日を送っている。他の5人も、似たりよったりだ。
■ ■■■
インヴェルノ、聖マリアンナ図書館。
冬星は黙々と図書管理のデータベースを検索していた。手馴れた様子で機械を扱うことから、ここに通いつめているのは明白だ。
『検索項目を指定してください』
「龍に関する書籍を検索」
『……検索終了。龍に関する書籍は12627件あります』
「多すぎるな。宗教、及び古代史にちなんだ項目では?」
『……検索終了。宗教、古代史における龍の項目は24件あります』
「24冊、か。全てDL可能か?」
『個人IDの認識ですべてDL可能です』
「では、それらをすべてDL」
『了解しました。IDを認識します』
極限ともいえる科学の発達は、書籍を全てデータとして処理している。今現在は古書として持ち出し不可能な書籍も、DLデータとしてなら持ち出し可能となっていた。
簡単なやり取りの後、冬星のもつブックプレートに、データがDLされる。さすがに24冊ともなると、量が多いのか時間が掛かるようだ。
エンザークに飛ばされたあの日以来、冬星の頭から、龍のことが離れなくなっていた。夢と思っていた出来事が現実と符合している事に、彼の興味は集中していた。
『存在するものは、必ずどこかに痕跡が残る』と言うのが、冬星の持論だ。エンザークに直接関係がなくても、存在するものはこちらでも何か手がかりがあるはずだ。
疑問に思ったことは、徹底的に調べる。冬星は、そのためのキーワードのひとつが「龍」だと、そう確信していた。そんなわけで、冬星は、友人との付き合いもそこそこに、最近は読書に没頭していた。静かなる火の玉小僧の本領発揮である。
『DL完了しました』
冬星は、ブックプレートを手に、適当な個室ブースへ入ると使用中を示すエンゲージシールドをかける。ブースのマジックグラスは、シールドによって擦りガラス状に変わり使用者のプライバシーを保護する。これでしばらくは邪魔をするものはいないだろう。
淡々と、しかしすさまじいスピードで、ブックプレートを読み進める冬星。
ふと、冬星の目を引く文章があった。
タイトルは「古代における龍の伝承」。
『霊獣は古代、神聖な生き物、つまり霊獣をとても尊まれ、龍は霊獣の中でもとりわけ尊い生物といわれている。何かが起きる前兆として、天からつかわされる使者と考えられたからである』
天から使わされる……エンザークと妙に符合する点に気付いた冬星は、ブックプレートからその部分をメモプレートにDLし、再び読み進める。
「……?」
冬星の目が再び止まった。内容は、「五行思想」。かいつまむと、内容はこうだ。
『五行は、木・火・土・金・水の5つの性質に割り当てられるのに対し相生は、弱い(陰)性質が特に強い(陽)性質の助けを得ることで運気をあげる事ができる。また、それぞれにその性質の強弱があり、相生は相剋に対して五行が対立することがなく、順次発生する様を表わしたものである。循環の一例として木→火→土→金→水→木の様な形式が考えられる』
龍の訪れ。天からの使い。何かが起きる前兆……現実の話としては常軌を逸している。
それにしても――。
ふと、冬星は考える。このような思想が、なぜインヴェルノにもあるのか、と。
■ ■■■
一方、冬星とはまた別な意味で、エンザークに心惹かれているものがいた。フェイネルのミドルネームを持つ、風水グループの御曹司、輝である。
彼の本分は学生だ。授業中だというのに、彼の頭の中には授業内容以前に、授業そのものにでている自覚すらない節がある。
それでいて、教師の問いに難無く答えてしまうところが彼の聡明さを物語るが、今の輝はやはり何かがおかしい。
「さっぱりはっきりあっさりきっぱり」これが、輝の特徴であり、最大の長所だ。仕事でもプライベートでもそれを遺憾なく発揮しているからこそ、輝は公私共に人気があり、男女の別なく人気があるのだ。
学校からの帰り道。夕方に近い時間だからか、町には結構な人がエア・ロードで行き交っている。もちろん、輝もエア・ロード上だ。
(夢……じゃなかったんだなぁ。ってことは過去でのことだよなぁ、あの出来事は)
幾度となく、エンザークでの出来事を反芻する、輝。しかし、今の輝にとって、そのこと事体はどうでも良かった。問題なのは――。
『白龍――これはあなたに、フェイネル』
と、輝に石を渡した少女、シーリア。
夢の中で見たシーリアと変わらぬ姿で、彼女は輝の前に現れた。
それが、輝の頭の中から離れない。
「だぁーーーーー! 気になって気になって仕方ないじゃないかぁっ!!!」
輝は、もどかしさのあまり、そこが街中だと言うことを忘れて叫んでいた。よほど大きい声だったのか、周囲の視線は、全て輝へと集中している。
その数分後、エア・ロード上を100m世界新記録樹立でもするような勢いで疾走する輝を、数人の友人が目撃したとか、しないとか。
■ ■■■
輝がすっかり自分のペースを崩している中、夏旺は実にマイペースに飄々と過ごしていた。もしかすると、5人で一番マイペースを保っているかもしれない。
エスターテ、科学技術省の研究室。先ほどエンザークから帰ってきた夏旺は、何食わぬ顔で古文書の解読を再開していた。主任である父が席をはずしていたのが幸いだった。と、そこへ。
「夏旺。研究は進んでるか」
「やってるって」
「ところで、さっきいなかったようだが、どこに行ってたんだ?」
(げ。親父、顔を出してたのか)
とは、全然表には出せず、たった一言答える。
「ん。ちょっとね」
エンザークに行っていたとは言えるはずもなく、彼は適当にごまかした。まあ、話したところで信じてもらえる話でないのだが。
「まあ……仕事の支障にならない程度にしてくれよ」
「だーいじょうぶだって。そっちのほうこそ、グラスの材質の見当ついてんかよ」
「つてがあるといっただろう。お前のほうこそ、解読はうまくいきそうなのか?」
「任せとけって。なんだったら、グラスのほうも俺が調べてやろうかぁ?」
「ほー。いつになく強気にでるじゃねぇか」
「俺を誰だと思ってる?」
「科学局主任の俺の息子だ」
「はいはい」
――――ああ、確かな手がかりだぜ、と夏旺は心で父親に呟く。
夢が現実ならば、自分の感覚には間違いはないと夏旺は確信していた。今、自分が手にしている古文書とスティラートの名。そして、自分の胸にある龍のエンブレムには、必ずつながりがある、と。
■ ■■■
エスタシオン航空宇宙局、医療セクションの一室。以前定期検査をすっぽかした樹は、ドクター真澄の手回して、半ば無理やり検査を受けさせられていた。
実の所、検査自体は5分で終わる簡単なものなのだが、樹は検査と名のつくものが大の苦手なのだ。どういう理由で苦手なのかは本人にも自覚はないらしいが。
「問題なし。おめでとう、樹君。どこからどう見ても君は健康そのものですね」
「だから言ったでしょう? 俺は大丈夫ですって、ドクター」
「ははは、ドクターは止めてくれないかな。君とそう年齢は変わらないのですから」
「センターの医療セクションをその年齢で仕切っている貴方が何を言います」
「君だって天才アストロノーツと呼ばれているでしょう」
「俺はただの凡人ですよ」
「謙遜はいいことですけど、端から見ると嫌味にとられかねませんよ。気をつけなさい」
「肝に銘じておきますよ、ドクター…いや、真澄先生」
「先生、ですか。まぁいいでしょう。何か飲みますか?」
「じゃあ、コーヒーを」
「わかりました。それなら今日はまともなコーヒーでも出しましょう」
「え? ま、まともなコーヒーって……いつもは何を出しているんですか」
思わず引いてしまった樹とは対照に、真澄は穏やかな態度をこわさない。
「冗談ですよ。樹君には私がそんなにあやしく見えますか?」
「い、いえ。でも、洒落になってないかな―ってちょっとだけ」
「おやおや。とにかく、しばらく待ってくださいね」
ほどなくして、真澄はカップがいくつか乗ったトレーを持ってメディカル・ルームに戻ってくる。手渡されたそれが普通のコーヒーであることに樹は内心胸をなで下ろした。
15分ほど雑談しただろうか。樹は机にカップを置いて席を立った。
「…ふう。じゃ、真澄先生。そろそろ戻りますよ」
「もう少しゆっくりしていけばどうですか。今日は急ぎの仕事はないでしょうに」
「そうしたい所なんですけどね、これで結構忙しい身なんですよ」
「それは残念ですね」
「どうしても話したくなったら、ぶっ倒れて運ばれてきますよ」
「実際にそうならないことを切に願いますよ。医者の立場として一応忠告しておきます」
「はは……せいぜい気をつけます」
「それでは近いうちに会いましょう、樹君」
「ええ。また近いうちに」
余談だが、樹は医療セクションを出た後、自分が飲まされたものが本当にコーヒーだったのかどうか内心疑っていたという。
5人にとって、今はちょっとした変化がおきているに過ぎないのだ。
少なくとも、今の時点では。
■ ■■■
希が一仕事を終えてゆっくりしようと自室へ戻った途端、またしてもエンザークからお呼びがかかった。なれてきたと言うものの、予告なしというのはやはり困りものだ。
『ご足労いたみいる』
と、黄龍。
「いいさ。これがアクア・シールの務めだからね。じゃ、行こうか」
と、希は黄龍の背中に飛び乗る。
疾風のように空を駆ける希と黄龍の視界に飛び込んできたのは、草原で倒れている人だった。
「黄龍、あれ!」
『うむ。近くに着地するぞ。つかまるが良い』
「うん」
黄龍は静かに倒れている人のそばへと降りた。希は龍の背中から降り、すぐさま人が倒れている地点へと駆け寄ったが、希は半ば呆れたような顔で黄龍にいった。
「……どうやら、またしても無駄足で済んだようだよ」
『どういう事だ?』
「ほら」
と希が指さすその人は、希が2度目にエンザークへと呼ばれた時に出会った、カシュウその人だった。
『なるほど、な』
二人の気持ちをよそに、カシュウは気持ちよさそうに眠っているだけだった。程なくして、
希達の気配に気付いたのだろうか。カシュウは大あくびをしながら、上半身を起こした。
彼は、目をこすりながら、言った。
「あれ? また会ったね」
「また会ったじゃないでしょう。何してるんですか、こんな所で」
「いや、なにね。あまりに天気がいいから外で昼寝をね」
おいおい勘弁してくれ、と希は思わず天を仰ぎそうになった。
「どうでもいいけどさぁ。寝るなら他の所でもいいんじゃない?」
「どこで寝ようと勝手じゃないかぁ」
「それは、そうだけどさ……もういいや。黄龍、帰ろうか」
と、いつもならここで黄龍は希のエンブレムの水晶内へと戻る所なのだが、今日は様子が違った。
「黄龍?」
『おかしい……』
「おかしいって、何が」
『いや……我らがエンザークへと導かれた理由が彼だとすると、合点がゆかぬ』
「どういうこと?」
「彼は一度我らと出会い、後にエンザークへ入るのを拒まれなかった者。エンザークの意思がふたたび彼の存在に反応するとは考えにくいとは思わぬか?」
「……あ」
確かに、と希は思った。
「多分、だけどさ。」
と、希と黄龍の疑問に答えたのは、ほかならぬカシュウ本人だった。いつのまにか起き上がり、空を見上げていた。
「あれが原因じゃないか?」
と、彼の指さす先には、澄み渡る空を汚すように現れた。黒い点だった。
それに伴い、次第に増してくる冷気。忘れようにも忘れられるはずのない、この感覚は!
『来るぞ!』
「黄龍、君はその人を守って!」
と、希は黄龍に指示を出しながらその場から離れた。黄龍もそれに遅れず、希とは反対側へと回避した。もちろん、カシュウを忘れてはいない。
轟音と共に大地に降りたった影は、次第に人型の姿になる。
「!?」
希が驚くのも無理はなかった。
「漆黒の希」。
そう表現するのにふさわしい外観。敵は、希自身をかたどったのである。
■ ■■■
希は、敵に呑まれていた。一方、「漆黒の希」は何のためらいもなく手にした剣で切りかかってくる。かろうじて凌いでいるが劣勢に追いやられているのは火を見るより明らかだ。
『いかん。すまぬが我は彼のバックアップに回る』
「……わかった」
漆黒の希の振るった剣が希を捕らえるその瞬間、黄龍が横から割って入ってきた。結果、希は横に弾き飛ばされ、黄龍は彼の代りに「漆黒の希」の剣激を喰らってしまった。
「黄龍!」
希は思わず叫ぶが、黄龍はそれに答えず、「漆黒の希」めがけて自らの尾を横に凪いだが、敵はひらりと宙を舞い、後方へと着地した。
『ぬぅ……』
「黄龍、もういい! 今度はぼくが――」
『今の主では無理だ!』
「しかし……」
『ここは我が抑える。その間に……』
黄龍が言い終わる前に、「漆黒の希」の放つ魔法ストーン・ストーム――石の嵐――が黄龍を襲う。しかし、黄龍はすかさず光の障壁を前面に展開し、難をしのいだ。だが、先ほどの一撃が効いているのか、黄龍に精彩がない。
「黄龍……!」
希が敵に向かおうとしたその時、後ろから肩をつかむものがいた。
希は、はっと後ろを振り返る。いつの間に来ていたのか、そこにはカシュウの姿があった。
「黄龍の言葉を聞いていなかったのか? 今のお前では、無理だ」
「……だからって、放っておく訳には行かないだろ!」
「いいから聞け! あんた、アクア・シールなんだろ? エンザーク直属の」
「……ああ」
「だったら、ここでは何が力を持つのか知っているはずだ。ちがうか?」
「…………言葉には命がある、言葉には力があると彼女は言った」
「だったらわかるだろう、力の使い方が。シーリア直属の龍騎士のお前なら」
「ああ……わかったよ、カシュウ」
希は、黄龍の元へと走った。地を這うように飛ぶ盟友黄龍のように。
後方から黄龍の左横に並び、龍を支えつつ前面に光の壁を展開した。まだ未熟な障壁だが、
それでも黄龍の負担を軽くすることは出来た。
「漆黒の希」は、更に魔力を込めた。嵐は更に荒く、周囲の冷気は更に、増した。
『お主……』
「黄龍、ぼくはなるよ。今こそ真の龍騎士に」
『お主……何を?』
希は目を閉じ、まるで呪文を唱えるように、呟く。
「我は、」
胸元のエンブレムが、水晶を中心に鈍く輝く。
「我は、黄龍の力を受け継ぎし者……」
エンブレムは、更に輝きを増した
「我が名は、エスペランサ!」
エンブレム中心の黄水晶が、激しく光り、それは彼の全身をそして黄龍の体を駆け、龍の体を癒した。前方の障壁は光に呼応するよう、爆発的な力で「漆黒の希」の魔法そのものを弾き返す。周囲を覆い尽くしていた冷気がうそのように、和らいでいく。
これを遠くで見ていたカシュウは、素直に感心した。
「やるねぇ、あいつ。予想以上の力を出しやがった」
エスペランサの使った力。それは、希自身の姿を大きく変えた。白銀の鎧。それが、エスペランサの新しい力だ。
「漆黒の希」は、ふたたび魔法を繰り出すが、白銀の鎧から放出される光の障壁で打ち消される。もはや、エスペランサの前では無力だった。エスペランサは、腰に帯刀してある剣を抜き、相手に対して垂直に構えた。まるで、狙いを定めるように。
「黄龍、行くよ」
『相わかった』
黄龍は、希の考えていることを瞬時の察知した。まるで、意識が通じているように。
「全ての闇を滅せよ! シャイニング・ブレス!」
黄龍が吼え、必殺の息をエスペランサの剣筋の先の示す方向へ吐き出す。龍の息は、光の粒子となって「漆黒の希」包み込む。もはや、抗う術はない。「漆黒の希」であったものは、やがて塵と化し……完全に滅せられた――。
■ ■■■
闇によってもたらされた冷気は、嘘のように消え去り、心地よい風が3人を包んだ。
戦いが終わり、希は全ての力を使い果たしたのか、その場に崩れ落ちるように眠ってしまった。白銀の鎧は、既に消えていた。黄龍は、見守るように希を見下ろしていた。
「やれやれ。力を出したのはいいけど、配分が全然なっていないなぁ」
と、黄龍の背後から呟いたのは、成り行きをずっと見守っていたカシュウだった。
『お主には借りが出来たな。助力に感謝する』
「俺は何もしてないぜ?」
『我が戦っているとき、何かを話していたようだがその後にエスペランサは変わった』
「どっちにしたって、力を出したのはこいつだ。ま、今日のところはおまけで及第点だな」
『なかなかに厳しい』
「ま、ね」
『……一つだけ聞かせてくれぬか』
「ん?」
『お主がここにいたのは…………偶然か?』
「さてね」
『……お主とはこれから縁がありそうだな』
「かもな。早くいけよ、そいつを連れて、な」
『それでは…』
黄龍の体が光になり希の胸元と水晶へと溶け込むように吸い込まれた。
希の体は、来たときと同じく半透明となってエンザークから、消えた。
「さて、と」
希を見送ったカシュウは、踵を返しエンザーク領の中へと戻っていった。
――――
誰もいなくなった草原に、風が駆け抜けていった――――。
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