■RRN2 クリスタル・クォーツ〜水の伝承〜■
第7話 ■担当:KISARAGI■
―シーリアよ―
―我が妹 シーリアよ―
―いまこそ そなたのもとへ……―
■ ――夜 水の宮にて―― ■■■
「―っ!」
急に意識の中に飛び込んできたその言葉に彼女はベットから飛び起きた。
ここ何日かの間、ずっとであった。最初は漠然とした意識で感じる程度だったのが、今でははっきりと語りかけてくるようになった。
そして 今。その言葉とともに、言い様のない悪寒を感じた。
「…彼らの身に何か起きているのでしょうか…」
そんなことをつぶやきながら、寝所の窓をあけてみる。
エンザークにも夜は訪れる。すべてを包み込み、安息を与えるために。
宵闇をみつめていると今は亡き両親の姿が脳裏に浮かんだ。
…父上…母上…わたくしはどうしたらよいのですか…
すでにいない両親に祈ってみても 結局不安の霧は晴れないままだった。
『…シーリア様』
「白龍!もしかしてなにか起きたのですか?」
『――魔界との扉が開いてしまいました。まもなく闇の者がこちらにやってくるでしょう』
「!……そうですか。では彼らは…エリュージュ達は…」
『エリュージュとエスペランサは闇の者とともにくるでしょう。彼らが魔界の扉を開けたのですから』
それを聞いたシーリアの顔には明らかに動揺の色が見えた。
「なぜです!なぜアクア・シールたる彼らが…!」
『わかりませぬ。とにかくお隠れになってください。いま闇の者に見つかっては為すすべがありませぬ』
「……わかりました。残されたアクア・シールたちは…」
『エリュージュの攻撃により、かなりのダメージを』
「…そうですか…では」
そういうとシーリアは目を閉じて呪文を唱え始めた。
『!おやめください!今のあなたには無理です!』
「かといって彼らを放ってはおけません。―エンザークの大地よ―我が身をかたちづくり―彼等のもとへ旅立たせたまえ!―」
その瞬間、虹色の光が彼女を包み込み、空に向かって光が飛んでいった。
そしてその場にくたりと倒れそうになったのを、白龍はあわてて支えた。
『…全く無茶をなさる…今も昔も…』
ため息をひとつついて、シーリアを背に乗せると、そのままどこかにに飛んでいった。
■ ――闇と光の狭間にて #1―― ■■■
「…くそっ、なんでこんなことになっちまったんだ…後を追うぞ赤龍!」
『無理だ。我だけならともかく、その傷の主を乗せては追いつけぬ』
樹の攻撃をもろにくらった夏旺は、全身傷だらけであった。
「じゃあどうしろっていうんだ!このままじゃシーリアがやべぇだろうが!」
『いや、その心配はない。』
体が思うように動かせないいらだちで怒鳴りつける夏旺を一瞥して、黒龍が続けた。
『今白龍がむかっている。普段はあまり動かぬが、白龍は本気になれば空間を縮めて移動することができる。今頃はシーリア様を避難させているであろう。しかし、スティラート。少し冷静になられよ。冷静さを欠けば、それは闇の者の思うつぼではないか?』
「ぐっ……」
夏旺はだまってしまった。
「しかし、その隠れ場所がクロース達に見つかる可能性は捨てきれないだろう?」
それまで黙って聞いていた冬星が黒龍にたずねた。
『確かに。それでも三日間は見つけることはできまい。白龍のつくった隔離空間は、我ら五龍とてなかなか見けることはできぬ』
「タイムリミットは三日間か…」
うめくように輝がつぶやいた。
皆荒い息をついていた。あまりに強烈な強い力をたたきつけられて体に力が入らない。
「まずこの傷をどうにかしないとな…ん?」
「どうした、冬星?」
輝がたずねると、冬星が空を見つめていた。その視線の先をみてみると、何かが近づいてくるのがわかった。
『む?もしかするとこれは…』
――シュン――
かすかな音と共に、シーリアが虚空から現れた。
「シーリア!なぜここに!」
「落ち着け夏旺、影なんだろう?シーリア。」
輝ががたずねると、シーリアの影はこくりとうなずいた。
『どうやら思ったよりもことが早く進んでしまったようです。しかし、まずあなた達の傷を』
そういって彼女は天に向かって祈りを捧げた。
『水よ、シーリアの名において集い、戦士達の傷を癒し賜え!』
すると、3人と2匹の周りにどこからともなく集まった水がドームをつくった。
「!なんだかあたたかい…」
冬星が思わずつぶやいた。その中にいた皆が同じことを感じた。
ふと夏旺が自分を見ると、体中にあった傷がだんだんふさがっていく。
「おい、傷がふさがっていくぜ!」
「本当だ!助かったよシーリア…っておい!」
輝がシーリアを見ると、彼女の表情はかなり辛そうであった。
『大丈夫ですよ…わたくしは影ですから』
そしてそのドームは光を放ってきえた。
それと同時に、影も消えた。
「おい、大丈夫なのか…あれは?」
夏旺が赤龍に訪ねた。
『うむ…影を操るのは相当体力を消費するという。シーリア様とてけっして楽なことではないだろうが…』
「いよいよ急がないとまずいかもな」
冬星が空を見上げながらつぶやいた。
■ ――黄龍の背にて―― ■■■
ずっと考えていた。本当にこれでいいのかと。
そもそも僕はアクア・シールの一員だ。だとしたら絶対にしてはならない行動をとっている。
でも、さっき父さんがいっていたことが正しければ、エンザークの人々は間違っている…。
でも…
シーリアはこのことを知っているんだろうか?
みんなはこのことを知ったらどう思うだろう?
さっきみんなに話しておきたかったんだけどな…
『…主、どうした?』
「黄龍…僕は正しいのかな…」
『…それは主が判断すること。主が龍騎士であるのならば、真に正しきものが何かを見極めねばならぬ。そして龍騎士である主にはそれができるはず。』
「……」
僕はどうしたらいいんだろうか…
頭上を雲が流れていった。
■ ――闇と光の狭間にて #2―― ■■■
「とりあえずどうしたらいいと思う?」
「…今の状態で俺達があいつに勝つことははっきり言って、無理だろう。それに、彼らと戦っても何も意味がない」
「うーん…」
シーリアに回復してもらったあと、ちょっとした作戦会議をおこなっていた。
「なんとかあいつらときっちりと話をしたいんだがな…」
「でも夏旺、どうやって今のあいつと話し合うんだよ。」
「だからそれを今考えてんだろうが……おい、冬星!こんな時に寝るな。」
夏旺はぼーっとして何も聞いてないように見える冬星をにらみつけた。
「寝てはいない。しかしどうやって話し合いに持ち込むまで無傷で彼らに近づくか…」
また皆が考え込んでしまった。すると突然輝が口をひらいた。
「夏旺、お前エスターテ出身だったな」
「そうだが、それがどうしたっつーんだよ」
「他の人を巻き込むわけにはいかないが、他の人を巻き込まないためにもちょっとしたことを考えてな」
そして彼は二人にアイデアを漏らした。
「――本気かよ、お前」
「あたり前だ」
「それぐらいは仕方ないか、あとで返すってことで」
「――よし。じゃあ一度戻ろう。時間がないから行動は迅速に。集合はエスターテ宙港で」
「じゃあ戻ろう。黒龍、赤龍、しばらく待っていてくれ。すぐ戻る。」
皆がもどったあとで、二匹の龍はため息をついた。
『全く無茶をする…今も昔も…』
■ ――守衛室にて―― ■■■
「ふぁぁ、あ……」
「おい、しっかりしろよ。なんかあったときにやばいだろ。」
「だって何か起きたことなんてないじゃないすか、先輩」
「…それでもだ。」
アトラスポッド・インダストリーはエスターテでも有数のワープポッド製造会社である。先の星間大戦時はワープ戦闘機の製造にも携わっていたが、ここ数十年は平和が続いたこともあり、民間向けのワープポッド製造を主に行っていた。とはいえ、そうそう安いものではないため、買い手は大手企業などが大半を占める。一般庶民に浸透しないのは高価格故無理からぬところではあるが。
暇な雰囲気の守衛室で、急に進入警報が鳴り始めた。緊急時モニターに進入反応地点が表示される。
「おい、Nブロック3−Aに進入反応。いくぞ」
「またネコかなんかですかね」
「軍用の機械を管理してる場所だ。のんきなこといってる場合じゃないぞ。」
「はいはい…」
そのとき、防犯警報が乙種警報から甲種警報に変わった。つまりそれは人間の侵入を感知したということである。
「やばいぞ、いそげ!」
「はいっ!」
二人の警備員が走っていく。が、そのときにはもう、遅かった。
『全く無茶をする…今も昔も…』
■ ――軍用ワープポッド内 #1―― ■■■
「夏旺…こんなのわかるのか?お前専門は考古学だろ…」
「まあ、みてろって。だいたいはわかる。出荷前のやつだからパスワードロックもかかってないし…」
そういっていくつかのスイッチを入れると、コンソール画面が立ち上がった。
「―転送先指定をしてください―」
「えーと、どこか人目に付かないところあるか?」
「ならインヴェルノの山奥だな」
「OK。転送先、インヴェルノの山奥」
「―特定不能―具体的な地名を指定してください―」
「あのな…いくらなんでも指定がアバウトすぎるぜ夏旺」
「…おーい冬星、なんつー山だ?」
夏旺は呆れ顔の輝を無視して冬星に聞いた。
「ウェスパ山脈」
「よっしゃ。ウェスパ山脈山中」
「―セット完了―転送準備中―」
設定を終えた夏旺が息を吐いた。彼もこの機械を見たのは二度目である。前に研究所の中をうろついていたときに、偶然ワープポッドの研究室で見たのである。
「おい、輝」
「なんだ?」
シートに体を固定しながら輝がこたえた。
「なんだじゃねーよ。なんでわざわざ盗まなきゃなんねーんだ。お前んとこにはないのか?」
そう聞くと輝は苦笑いした。
「あったって使えるわけねーだろ。毎日ほぼフル稼動状態の親父のポッドを探すのは至難の業だよ。」
「そっか。やれやれ、見つからねーように気をつけるしかねーのか…」
夏旺はあきらめたようにシートに倒れ込んだ。
するとどこかから声が聞こえた。
「…誰かくる」
ぼそりと冬星がつぶやいた。
「!まずい、もう見つかったのか…コンソール!後何秒で転送可能だ?」
「―転送まであと30秒―」
■ ――Nブロック3−A―― ■■■
「おい、あのポッド稼動してるぞ!」
「本当だ、やばい!おい、軍用ポッド侵入者!ただちに下船しろ!」
もちろんそういわれて素直に降りてくるようなやつはこんなことをしない。
そのかわりに機械の合声音が降りてきた。
「―転送開始します―ポッド外にいる人は半径12mより外側に待避してください―」
「先輩だめです!もう間に合いません!」
「ええいとまれえぇぇぇ!」
そう叫んで守衛は拳銃を発砲した。が、それはもう無駄だった。
発射された弾丸はポッドのあった場所を通過して、むなしく壁に当たって落ちた。
「―転送まであと30秒―」
■ ――ウェスパ山脈山中―― ■■■
「やれやれ、これを返しに行くときが大変そうだな、これは。」
「それはとりあえず置いておこう。おーい、赤龍、聞こえるかー?」
夏旺は水晶に話しかけた。すると水晶がやや光をはなった。
『準備はできたようだな』
「おう!そっちはどうだ?」
『フェイネルのいったように白龍、赤龍、黒龍が集まっておる。』
「よし、じゃあはじめるぞ」
そういって三人はポッドの周りに集まると、ポッドを抱えるようにつかんだ。
「この状態で念じるんだな?輝」
「そうだ。全体をまとめて飛ばすイメージで念じるんだ」
輝が考えた輸送方法は、ポッドを違う世界に直接飛ばすことはできないからみながポッドを抱えるような感じで念じ、かつそれぞれの龍に呼んでもらうという方法だった。
「じゃあ、白龍、黒龍、赤龍。頼む!」
『うむ』
『承知した』
『…ん』
その瞬間、ポッドと彼らはその場から消えた。
宵闇の風が吹き抜けていった――
■ ――クロース達―― ■■■
「――む?」
「どうしたのですか、クロース様?」
樹が振り向くと、彼はすっきりしない顔で後ろを見詰めていた。
「今、なにかがおきたような、そんな感じがした。」
「はあ、私は特に何も感じませんでしたが」
「そうか…ならばよいのだが」
そういってまた前を見つめる。が、やや自嘲気味な声でつぶやいた。
「もっとも、私がここにいることのほうがよっぽどここのものにとっては重大なことか。」
雲が頭上をとおりぬけていく――
■ ■■■
―シーリアよ―
―我が妹 シーリアよ―
―いまこそ そなたのもとへ……―
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