■RRN2 クリスタル・クォーツ〜水の伝承〜■
最終話 「FROM THE NEW WORLD」前編 ■担当:高島ほづみ■
■ ―水の宮、夜― ■■■
蒼闇が空を満たしつつあった。
いよいよ最後の夜がやって来たのだ。
「…地震か?」
冬星が呟いた。
低い地鳴りが聞こえる。水の宮の最上部、この塔も振動で揺れている。
「魔王が来たのさ」
カシュウが窓を開け放った。
「御覧。真の魔王が月の穢れから生れ落ちてくる。暗闇の帝王、悪意の涙だ」
月蝕。
月が闇に蝕まれていく。
月だけではない。そこから影が滲み出し、黒い雲となって、たちまちのうちに空を覆った。
「派手な登場じゃねぇか」
夏旺がニヤリと笑った。
「うゎあ、すごいねー」
「感心してる場合か、お前は…。行くぞ!」
樹はロケットランチャーを取り出し、右肩に担いだ。
「分かってるって、隊長さんよォ!」
「ラジャ! まかせろ」
「了解」
「はぁーい!」
武器を手に手に五龍に乗り、飛び出していく五人。
クロース、アーヴェント、ウェスペル、フェアリィ、アルマの五人も後を追った。
カシュウは見よう見真似で教わったポッドを操縦して飛び立つ。
中空に浮かんだ黒い影。希薄でありながらドロドロと流動する、不気味な闇。魔王である。
闇の眷族を従え、草原に降り立った。
魔王の背後に、クリスタルの球が浮かんでいる。シーリアが閉じ込められていた。
「シーリア!」
それを見つけた輝が叫んだ。怒りで頬が紅潮する。
行動は素早かった。
白龍、いや超進化した無龍ごと突っ込んでいく。
魔王はぐにゃりと形を変えて避けた。
勢い、白龍と輝は異形の軍団の中に飛び込む状態になった。
雑兵どもをなぎ倒しつつ、また反転して、再度魔王に突進する。
「駄目だ、輝の奴、すっかり頭に血が上っていやがるぜ」
「俺と希で輝に加勢する。夏旺と冬星は闇の軍勢を食い止めるんだ」
「うん!」
「っんでそこで希なんだよ? 俺も派手な方が良いぜ〜」
「冬星はもう行ったぞ、夏旺」
「うゎぁ無視か!? こらまて冬星ー!」
4人は散会した。
希はビームサーベルに自分の力を乗せた。金色に輝く。
樹はロケットランチャの照準を魔王に合わせた。
有り得ない口で魔王が嘲笑う。
希はビームサーベルを垂直に構えた。
「光龍!」
『分かった』
希を包み込む光が黄金の輝きを増す。
「邪悪なる闇を滅せよ光の息吹! シャイニング・ブレス――!!」
光の龍の咆哮が闇を揺るがす。直視できないほど強烈な光の奔流が、魔王めがけて吐き出された。
「こっちも行くぞ、空龍!」
トリガに指をかけ、狙いを定める。
青水晶の輝きがロケットランチャを包み込んだ。
空龍が吼える。
「くらえ――!!」
清冽な光が夜空を切り裂いた。
二筋の光が交差して魔王を貫く。
凄まじい爆音。
背後の丘陵が抉り取られる。
「こらぁっお前ら! 俺まで殺す気かっ!? 危ねーじゃねーかっ」
夏旺が叫んだ。
「魔王はどこだ! やったのか!?」
「樹、あそこ!!」
「シーリアっ!!」
水晶の檻に閉じ込められたシーリア、その水晶球を包み飲み込もうとするかのような魔王。ぞわぞわと水晶球の表面を覆っていく。
王女としての誇りから恐怖の色をあらわにはすまいとするシーリア。しかし体の震えを止めることができない。
シーリアを巻き添えにしてしまうため、攻撃することができない五人。
「龍騎士殿!」
追いついて来た紫紺の剣士ウェスペル、馬上で叫ぶ。
「雑兵どもは私達におまかせを!」
アルマが剣を振った。白刃がきらめく。
「早く彼女を助けるんだ! 今夜はファータ全開で行くぜぇ! 覚悟しろよお前ら!!」
フェアリィ…ファータも戦闘モードになる。
ポッドも着陸、カシュウ降り立つ。
「なんだ、あの無粋な檻は! か弱き女性を閉じ込めるとは許せんぞ」
「あれは――。あれは檻ではない。シーリアが自らの身を護るために張った結界だ。おそらく。しかし力が弱まっている、早く助け出さねば危ない」
苦渋の表情を浮かべるクロース。
そんな彼らの周りに魔界の兵士たちがにじり寄る。
■ ―水晶の結界内― ■■■
シーリア、血の気の引いた唇で
「なぜこの世界までも欲するのです」
『何故、何故、何故、何故…。お前は知っているはずだ、シーリア』
無いはずの目がシーリアを捉える。
ぞっとするほどの暗闇だった。闇黒の深淵だ。
「わ…分かりませぬ、お前のような闇の者の考えなど――。お止めなさい! 許しませんよ!」
言葉尻は悲鳴に近かった。
残った力を振り絞って作った水晶の結界に、曇りが生じてきていた。
じわじわと。
『恐れることはない、シーリア。お前の望みが私を呼んだのだ。――見るがいい、記憶の闇の中の真実を』
水の宮が――。
炎上している。
シーリアは炎の只中に立っていた。服装も、いつのまにか夜着に変わっている。
「シーリア! 早く逃げるんだ!!」
すごい勢いで手を引っ張られた。青年がシーリアの手首を掴んだのだ。
「い、樹…!?」
「イツキ!? っんだよ、こんなときに寝ぼけてちゃ駄目だぜ、ここはもうすぐ崩れるんだ!」
「――っ、フェイネル!?」
そう、彼は金モールの軍服を着ていた。髪も肩口に届くほど長い。
「ああそうだよ!! しっかりしてくれよお姫さん ――くそっ、火のまわりが早すぎる!! こっちだ!」
轟々と熱風が吹き付けてくる。オレンジ色と黄色と緋色の炎が、踊り狂っていた。黒煙、そして人々の悲鳴。
半壊した回廊を駆け抜けるフェイネルとシーリア。
剥がれた壁材が二人に落ちてくる。
「危ない!」
フェイネルはシーリアを突き飛ばした。
瓦礫に打たれるフェイネル。
炎は容赦無く二人を追いかけてくる。
(これは…あの時の…記憶…? 魔王の見せている幻覚なの?)
『…思い出せたかい、シーリア』
魔王の声とともに、炎の壁がシーリアとフェイネルを隔てた。
炎は円形に彼女を取り囲み、燃え盛っている。
「なぜこんなものを見せるのです!? これは過去の幻影、過ぎ去った…幻です。このようなものでわたくしを動揺させられるとでも思っているのですか」
声の無い嘲笑が空間を震わせた。
『忘れたままで居られると思っているのか、シーリア。お前のその高潔な傲慢さが、全ての災いを招いているというのに』
「何を…何を言っているのです!」
言い返す言葉とは裏腹に、耳を押さえてうずくまるシーリア。
恐ろしい予感が胸を締め付けていた。
思い出せ。
思い出せ。
思い出せ。
魔王の囁きが、押さえた掌の隙間から耳にしのびこむ。
「――やめて―――っ!」
炎の壁に黒い影が映る。
おにいさま。
■ ―草原、数分前― ■■■
水晶球は闇に呑み込まれつつあった。
「早く助けなくちゃ!」
「待て、下手に攻撃したらシーリアまで…!」
「しかしこのままでは彼女が危ない」
「…くっそー、何かいい手はないのかよ!」
「おっ、おい、輝!?」
輝は無龍を駆り、真っ直ぐ魔王とシーリア目掛けて突進して行ったのだ。
「うっゎぁアイツそんなキャラだったか!? 何ちゅう無茶を」
「シーリア絡みだと計算無しだからな、奴は。昔っから」
「…あっちゃー、いくらなんでもアレは考えなさ過ぎるぞ!?」
夏旺が呆れたのも無理はない。
輝は水晶球の所までたどり着くと、無龍の背に立ち、なんと、素手で魔王に掴みかかった。引き剥がそうというのである。
ぞぶり。
ぞぶり。
掴みかかった輝の両腕が沈んだ。
恐ろしい冷たさだ。
粘着質の闇が輝の両腕を這い登ってくる。
「シーリアを放せっ、このネバネバ野郎!」
暗黒は今や水晶のほとんどを覆い尽くしていた。
輝はやみくもに腕を振り回した。
『――フェイネル…』
「…その声は! シーリア!? 無事なのか!?」
輝の腕に絡み付いた闇の流動体が、掌の形を取り始めた。そのまま手首、腕、肩…と、次々に姿が現れてくる。
高音の、ガラスのような物が砕ける音がした。そして。
輝の両腕を掴んでいたのは、
■ ―同時刻― ■■■
紫紺の剣士ウェスペルはその剣技を遺憾なく発揮していた。大剣の一振りで闇の兵をまとめて薙ぎ払う。背後を護るのは息子のアーヴェントだ。
蒼の騎士アルマも流麗な太刀筋で、敵の侵攻を許さない。
クロースも黒馬を左手だけで操り、片手には剣を携え、闇の軍団を蹴散らしている。
「歴史に残るバラッドが出来そうだなぁ!」
カシュウはポッドに装備された武器を一通り使ってみようとしているようだった。
「お、何だこのボタンは」
ポチっとな。
ポッドの外壁に穴が開いた。そこから白い閃光が放たれる。
「おお、稲妻か!」
大口径パルスレーザーである。続いてLB-Xオートキャノン 、小口径ERレーザー
…撃ちまくるカシュウ。
どうやら、リズムに合わせて押しているらしい。
ポッドもくるくると回転して、まるでワルツを踊っているかのようだ。
「ん〜ふふ〜ん、ふふ〜ん♪ っと。ここで転調して、ん〜んん〜ふ〜ん♪ よし、出来た。天才だな私は、我ながら素晴らしい名曲だっ!」
にこにこ。
リズム代わりに連射しながら、もう片方の手で竪琴で音を取る。
「よし、いっぺん通しで演奏してみるかv」
と、かき鳴らす始末。
「真面目にやらぬか!」
アルマが呆れて嘆息する。
しかしその踊るような軌跡は、かえって敵に進路を予測させないという点では有効に働いているようだった。
闇植物の蔓を優雅にかわしている。
「なかなかやるではないか」
紫紺の剣士ウェスペルは微笑した。そこへ息子のアーヴェントが、
「――父さん! 何か…おかしいよ! 風が――風が止んでいる」
赤子の髪を撫でる母の手ように、いつも優しく草原を揺らしていた風が、止んでいた。ただの風ではない。それはシーリアのこの世界への愛が吹かせるもの。
「王女に何か有ったんだよ!」
空気が急に温度を下げたようだった。
風景も、先ほどまでと寸分も変わらないはずなのに、なぜか闇が濃くなったような気さえする。
クロースはぎりりと唇を噛んだ。
「シーリアが―――…闇に墜ちた」
「何だって!?」
■ ―上空、シーリアと輝― ■■■
腕を掴んでいたのは、シーリアだった。
しかし、濡れたような漆黒の髪と闇色の瞳をしている…これは…。
暗黒のシーリア。
かつて希の前に現れたように、今度はシーリアの姿で現れたのか。
「シーリア! シーリアをどこへ隠した!?」
暗黒のシーリアの腕を振り払おうとする輝。
「わたくしがシーリアです。フェイネル…」
彼女は輝の首に腕を回した。
「…貴方のわたくしへの想いは、嬉しく思っています」
そのまま顔を近づけ、唇を重ねた。
反射的に顔をそむける輝。
「違う違う違う! お前は魔王だ! シーリアを返せ!!」
輝はシーリアの手をほどき、ビームサーベルを構えた。
「断て大気の剣、エアリアル・ソード――!!」
『――待つのだ、主よ!!』
一太刀に振り抜こうとした輝を、無龍が慌てて止めた。
「何をするんだ、無龍! 早くシーリアを助け出さないと、シーリアがっ」
『あれは間違い無く王女である、主よ。私には分かるのだ』
驚愕する輝。
「アーヴェントのように取り憑かれたっていうのか!?」
『――…』
無龍は黙した。
少し離れた上空。
樹たちも暗黒のシーリアを目撃していた。
「な…何だアレは…。シーリア? いや、違う」
「ぼく、似たようなのと戦ったことがあるよ! 魔王が化けているんだ!」
「よーし、じゃぁ総攻撃だ! 行っくぞォ!!!」
臨戦体制になる夏旺。
しかしここでもやはり、龍達が彼らを止めた。
「――ええっ、じゃぁ本物のシーリアなんだ!?」
「アーヴェントの時のようなものか…」
「よっしゃ、じゃぁそん時と同じように魔王を追い出そうぜ!」
「こらこらこらこら、お前達、重要なことを忘れてるぞ。あのとき、どうやってアーヴェントを正気に戻した? 冬星がけちょんけちょんに殴り倒したからだろう?」
「―――あ…」
「五発殴った」
「…ぼく、シーリアにそんなこと出来ないや…。中身が魔王でも…。だって、アーヴェントだって死にかけてたでしょ!? 彼女をそんな目に遭わせるなんて」
「そうだ、俺達は彼女に危害を加えることが出来ない。――アクア・ディーオ・カヴァリオーレはどんなときでもシーリアを護るために存在するのだから」
「でも、どうやってシーリアを助けるの?」
「何か…方法が有る筈だ…。彼女はアーヴェントと違って、魔王の拠代として生まれたわけではない」
『…主よ』
空龍が、樹に語りかけた。
『王女はこの世界そのものとイクォールの関係にある。先ほどから風は冷たく凍り、大地の波動も途絶えておる…女王の心が闇に下ったからだ。そして、この世界のエレメントを使役する我らにもまた、影響が出るのだ』
『体に力が入らぬ。余力のみで戦うことになろう。決断を急がれよ…』
光龍は『光』だけに、世界が闇に染まったことでダメージを受けているようだった。
■ ―地上、クロース達― ■■■
一方地上では、紫紺の剣士ウェスペル、息子アーヴェント、戦闘モードのファータ、蒼の騎士アルマ、そしてクロースたちが苦戦を強いられていた。
急に闇の軍団が活気付いたからである。
クロースたちも闇の属性を持つとはいえ、完全な魔界の眷族ではない。
とうとう城壁のある辺りまで追い詰められていた。
「まずいことになりましたな、陛下」
ウェスペルは額の汗をぬぐった。
「陛下はよせ、ウェスペル…。そのような呼称に、もはや意味は無い」
自嘲するように言うクロース。
「――エンザークが闇に染まった今、龍騎士がどれほど持ちこたえられるのか、それが問題だ。我らは幸い闇の力を持つゆえに、さほどの影響を受けてはおらぬが…時間が経てば、五龍は命さえ危ういぞ」
と、顔を曇らせる。
「王女はどうなるの、父さん。ぼくは魔王に取り憑かれていたから言うけど、あいつは、ちょっとやそっとじゃ出て行かないよ。それにだんだんアイツが正しいって思えてくるんだ、ぼくの考えなのか奴の考えなのか、分からなくなって」
「――王女を傷つけることは、アクア・シールには出来まい…。どうやって魔王を追い出すのか…」
クロースは他にも不安を感じていた。
シーリアは、王家に伝わるあの呪文を知っているはずなのだ。
■ ―上空、希たち― ■■■
沈黙が重苦しい。
シーリアを無傷で魔王から奪還しようなどというのは、口が狭い壜の中から模型の船を取り出すよりも難しい。
しかもエンザークは光の加護を失い、五龍の力は時間が経てば経つほど衰えていくばかりなのだ。
早く打開作を考えねばならぬ。
龍騎士の中でもリーダ格である樹は、額にこぶしを当て、考え込んでいた。自分がしっかりしなければ…。
しかし、頭の中は真っ白なままだった。
最悪の場合。
――シーリアと対決せねばならないのか。
それは龍騎士としての目的も誇りも何もかも捨てるということだ。
樹は、自分にそれが出来るか否か、分からなかった。
と、そこへ。
銀の糸を弾く音がした。
「これが十五弦の竪琴の六の音だ」
もう一度、先ほどよりは少し低い音階が鳴る。
「これが七の音」
もう一度。さらに低く。
「これが八、これが九、――そして最後に十の音」
「カシュウさん!?」
さすらいの吟遊詩人、カシュウの姿がそこには有った。
ポッドは自動操縦に切り替えてあるのか、彼は上部ハッチの縁に腰掛けている。
「やぁ」
ひらひらと手を振るカシュウ。
「かなり困っているね。しかーし! 私が来たからにはもう安心! ズバッと参上ズバッと解決」
あからさまにアヤシイ。
「カシュウさん…。今はそんな冗談を言っている場合じゃ――」
「まぁ待ちたまえ樹君。この五弦にはね、それぞれ別名がある。順に『木火土金水』というんだ」
カシュウはその五弦を往復してかき鳴らした。
「あっ…」
声を上げたのは希だった。
「今、何か、光ったっ!」
「え?」
「光ったよ。 うわぁ〜、きれいだねえ! カシュウさんすごいや!」
「おーい、どこがだ?」
「弦だ」
「…弦?」
「愛は惑星を救う、歌はエンザークを救う、ってね」
カシュウはにやりと笑った。
■ ―同時刻、シーリアと輝― ■■■
月の真円を背後にした無慈悲な夜の女王は、蔑むように微笑した。
「見なさい。人も魔物もゴミのよう…」
足元に広がる戦場を、冷たく見下ろす。
「滅びてしまったほうが、すっきりするとは思いませんか?」
艶然と視線を流す。
輝はゾッとした。これが本当に、高潔で無垢なシーリア王女だろうか。中身が変わるだけで、こんなに冷たい印象に変わるとは。
「王家の血にこだわるあまり引き裂かれる愛、そのようなことが有るなんて、ずいぶんレヴェルが低いではありませんか? そうでしょう、フェイネル…貴方がいくらわたくしに焦がれたとしても、この世界では決して叶わないのです。それを不思議には思わなくて?」
「シーリア…君は…」
彼女は輝には聞き取れない、不思議な韻律の呪文を唱え始めた。
遠く山の彼方から地響き。
大津波だった。
丘陵を呑み込み、敵も味方もいっしょくたに押し流して行く。
「やめろ、シーリア!! やめるんだ――!!!」
牛舎や畑、民家も押し潰される。
■ ―地上、クロース達― ■■■
「急げ! 城門を閉じるんだ! 早く中に!!」
膨大な質量の水が迫り来ていた。
ウェスペル達は人々を誘導し、閉まりかけた門の隙間に転がり込んだ。
「アルマ! シールドを張んだ! たぶん、城壁だけじゃもたない!」
アーヴェントが叫んだ。
彼もシールドを張って、城壁を補強する作業に入った。
ファータは術を使って人々を城門の内側に転移させている。
クロースもそれに加わっていたが、彼だけは、この災害がこれだけでは終わらないことを知っていた。
彼女が――あの呪文を使ったのだ。
禁断の呪文を。
■ ―上空、シーリアと輝― ■■■
「あら、崩れない…のね。水の宮、あれこそきれいさっぱり流して差し上げようと思っていましたのに」
残念そうに言うシーリア。
また呪文の詠唱に入る。
その腕を、輝が掴んだ。
「やめるんだ!」
「邪魔をするのですか、フェイネル。わたくしは水の宮が大嫌いですの。あのまま再建などしなければ良かったのよ。消えて無くなれば良い!」
「何を言ってるんだ、君が育った思い出の場所だろう!?」
「――思い出? ええ、嫌な記憶が有るわ!! あんなことさえ無ければ…お兄様は――」
フラッシュバック。
燃えている。
水の宮が…。
「…お兄様…」
苦しげなシーリア。
支えようとする輝を、しかし無龍ともども黒い稲妻で弾き飛ばす。
そしてまた詠唱し始めた。
■ ―上空、龍騎士たち― ■■■
「…うわああああ!」
弾き飛ばされて来た輝。希にぶつかり、希は夏旺にぶつかり、ようやく止まる。
「…痛ーじゃねーかっ!」
「ご、ごめん夏旺! でもそれより輝がっ。輝っ、大丈夫!?」
のぞきこむ希。
「ああ…、」
と応えるが、はっと気がつく輝。
「…呪文を最後まで言わせちゃ駄目だ! 止めないと――! もっとひどいことに!!」
頭を抱える。
「彼女はエンザークを消滅させる気なんだ!!!」
「何いっ!?」
『主よ、詠唱をやめさせるのだ、早く!!』
「で、でも、どうやって!?」
冬星がパルスレーザーガンを構えた。
シーリアに向かって…。
「――冬星、正気かっ!?」
夏旺が冬星を殴って止めようとする。
がいん。
ボディから硬質な音がした。
拳を押さえる夏旺。
冬星、かまわずまた狙いを定める。
「冬星っ!!」
今度は止める前に発射された。
閃光が走る。
それはシーリアの右横20センチをかすめた。
黒髪が揺れる。
彼女がゆっくりと振り返った。
「冬星、この野郎!」
「やめるんだ、夏旺! 分からないのか? 冬星は――」
「呪文に集中させないようにしているんだね!」
『なるほど、それならそれがしも――』
ぐわっと口を開きかける光龍を樹が止める。
「シャイニング・ブレスは射程範囲が広すぎるし、体力を消耗する。文明の利器を使おう」
ポッドから次々と武器を取り出す四人。
樹はふと考え付いて、ロケットランチャを冬星に渡した。
「長距離誘導ミサイルに切り替えて、管制塔の代わりに弾道をコントロールすることは可能か? 冬星。お前が直接制御したほうが、万一のことがなくて良い」
「…。ああ。やってみよう」
冬星は左腕をまくり、手首内側を触った。パネルが開く。
ロケットランチャの本体とコードを繋ぐ。
希はウルトラオートキャノンを、樹は粒子ビーム砲を、輝は中距離バズーカを手に取った。
カシュウもポッドの操縦席に再び座る。
夏旺が、冬星の傍に寄った。
「…すまん」
「気にするな」
冬星は小さく微笑んだ。
そして、トリガーを引いた。
■ ―上空、シーリア― ■■■
幾筋もの閃光が、夜空を彩った。
閃光、爆風。
シールドを張るが、被弾した個所では大きな爆音が響く。
中でも彼女を苛立たせたのは、蝿のように付き纏う四個のミサイルだった。
通り過ぎたと思ったらUターンして来るのだ。
闇の王女は
「お前か、クレルフィデス…」
と呟くと、右手を大きく振った。
繊手から放たれた黒い稲妻が、天を走る。
■ ―上空、龍騎士たち― ■■■
それは、真っ直ぐに冬星を襲った。
彼の左肩から右脇腹にかけて、一気に切断する。
虚空に銀色と褐色の飛沫が飛んだ。
彼の身体を作る部品の破片と、各種オイルである。
半身は地上へ落下して行った。
銀龍の背中にもぱっくりと傷が口を開けている。
残された上半身は、樹が掴んで空龍の上に乗せた。
「冬星っ!」
蒼白になる希。
「冬星!」
鋭く叫ぶ輝。
冬星の目が、うっすらと開いた。
自分の身体を見下ろし、
「…。これは、酷いな」
と言った。
「冬星、今すぐエスタシオンに帰れ! 希に送ってもらおう――希、エスタシオン航空宇宙局・医療セクションへ跳ぶんだ!」
が、それを本人が制し、
「誰か一人欠けても、例のカシュウの作戦は実行出来ない」
「…。いくらサイボーグでも、手遅れになれば死ぬぞ」
「あと五分はもつ。充分だ」
「…馬っ鹿なこと言ってんじゃねーよ! なに格好つけてんだよ!? 大人しくリーダに従えば良ーんだよお前はっ」
「死んじゃだめだよ、そんなのは違うよ、絶対に違う! 誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて、ぼくは嫌だ!!」
自己修復機能など、この損傷ではもはや役に立たなかった。
主動力も副動力も、半身と一緒に地上に落ちて行った。残されたのは脳髄を生かすための非常用小型バッテリのみ。
希の癒しの能力も、さすがに機械にまでは及ばない。
「――貴方、何か勘違いしているわね? 都築君…。死んで良いという許可は与えていませんよ」
背後から突然聞こえた声に、四人は一斉に振り返った。
ポッドから顔を出しているのは、白衣の…。
「あっ、先生だっ」
「ま――真澄先生!? どうしてここに!!?」
「貴方のボディには発信機が埋め込まれているの。いくら普通の生活を送れるとはいえ――まだ機密事項なのよ、PT-00DR 都築冬星君。事件に巻き込まれて技術が悪用される可能性もある貴方を、監視無しで置いておくと思って?」
長い石榴色の髪をかきあげる。
「アンタは…何者なんだ?」
「ふふ…。さぁ、事情は後よ! 早く彼をこちらに!! 時間が無いわ!!」
樹は冬星をポッドまで運んだ。
真澄は、機密治療室ではないこのエンザークで、どうするつもりなのか。
「この身体では何をしてももたない。時間の無駄です、真澄先生」
「代わりのボディなら――有るわ」
真澄は太鼓判を押すように、ポッドの端を叩いた。
「…」
冬星は、なぜだかすごく嫌な予感がした。
「いけない! シーリアがまた呪文をっ」
叫ぶ輝。
虚空に浮かんだ暗黒の王女の周囲が、ブラックホールのように歪みはじめていた。
「威嚇射撃を続けるんだ! 冬星の復活を待って『例の作戦』を展開する!!」
■ ―同時刻、地上― ■■■
人々はうち震え、空を見上げていた。
魔物でさえ…。
世界が、終わろうとしていた。
圧倒的な恐怖が満ちていた。
「早く城壁に入るのよ!」
フェアリィが叫んだ。
かろうじて溺れなかった者たちを先導していたのだ。
しかし。
「ファータ、その者たちは!」
驚くアルマ。
彼女が城門に招き入れようとしているのは、先刻まで刃を交えていた魔界の兵士たちだった。
「なにをする気なんだ、ファータ!?」
「だーから! わたしの名前はフェアリィだって言ってるでしょ!? ――じゃなくて、この期に及んで敵も味方もないでしょう!!」
■ ―数分前、真澄と冬星― ■■■
大小のチューブやコードを繋ぎ、てきぱきと作業する真澄。
「最近、たびたび不自然に信号が途絶えるものだから、航空宇宙センタ上層は騒然としていたのよ…駄目押しだったのは、この間、センタに運び込まれたでしょう。加速モードを使用するなんて尋常じゃないわ。それに目の前で突然の消失。――そうして宇宙連邦司法局の元捜査官で、未解決怪奇事件ファイル担当をしたことがある私に、監査役として白羽の矢が立ったってわけ」
「…どうやってポッドに?」
「機密治療室でね、盗聴機を仕掛けさせてもらったわ。そしてあらかじめ、このポッドの食料庫に隠れていたの。盗聴は普通なら違法だけれど、あいにくサイボーグの人権保護法案はまだ可決されていない。…でも、やはり怒るかしら? そのかわり、プレゼントを沢山用意したつもりだけど」
「あの武器…」
「そう、なかなかセンス良いでしょう?」
にっこりと笑う。
防護眼鏡をかけ、溶接に入る。
青白い火花が散った。
背後でも爆炎が上がっている。シーリアの攻撃のとばっちりだ。受け止めているのは、銀龍の背に立つカシュウ。レーザーシールドを持って、彼らを護っているのだ。
しかし直撃を受ければ、ひとたまりもないだろう。
「あとどれくらいかかる」
「ニ分…いえ、三分」
真澄の額に、びっしりと汗が浮いていた。
■ ―現在、龍騎士たち― ■■■
「ぶわーっはっはっは!」
「笑い過ぎだ、夏旺」
冬星は憮然として言った。
希は涙を流して腹を抱えている。
樹は笑うまいとして必死に息を止めていたが、そのせいで顔が真っ赤だ。
輝はポッドと冬星の両方の製作費を足して、その天文学的高額さに唸っていた。
そう、冬星は、エネルギィ供給とボディの代用を兼ねて、ポッドに組み込まれていたのだった。
丸いポッドの側面から首が覗いている様は、まるで…。
「――ぶんぶく茶釜…」
つぶやく希。
たまらず、樹も輝も吹き出した。
「ひどいわ、力作なのにー」
と言いながらも、にやにやしている真澄。
「…。お前ら…」
「す、すまん冬星。つい」
ようやく笑いをおさめた四人。
「よし、作戦開始だ!」
五人、シーリアに対峙するように、散会する。
「カシュウさん、お願いします!」
ポッド+α(笑)のハッチに腰掛けたカシュウ、うなずいて竪琴を胸に掲げた。
「第六弦――育みの大樹」
びいん。
弦を弾く。
「空龍! はじめるんだ!」
空龍は大きく口を開けた。
第六の音階に合わせて吼える。
空気が轟(ごう)とうなった。
「第七弦――命の炎」
びいん。
「爆龍! 行っけぇ!」
爆龍、第七音に合わせて吼える。
「第八弦――癒しの大地」
びいん。
「光龍! がんばって!」
光龍が吼える。
「第九弦――優しさの輝き」
びいん。
「頼むぞ、無龍!」
無龍の咆哮が重なる。
「第十弦――安らぎの闇」
びいん。
「銀龍!」
五龍の咆哮が、重なった。
■ ―地上、城壁内部― ■■■
「おそらが、ひかってるよ…、おかあさん」
母親の腕に抱かれた小さな少女が、天を指差した。
■ ―上空、五龍― ■■■
眩しい白光が満ちていた。
五龍の咆哮は天と地を揺るがす波動となっていた。
暗黒のシーリアは耳を塞いで身悶えしていた。五龍たちは微妙に向きを調整して、和音がもっとも集中するように、首を巡らせた。彼女に向かって…。
それはすでに物理的な力を持ちはじめていた。
風が起こり、彼女の黒髪をなぶる。
目を開けて立ってはいられないほどの強風。
あらがうように腕を前に突き出すシーリア。
「見て! 闇が――」
希が叫んだ通り、彼女の髪から闇の色が抜け落ちて行きつつあった。
「この五弦を、僕ら吟遊詩人の間では「光の和音」と呼んでいるんだよ…」
カシュウはそっと呟いた。
生え際から少しずつ、黄金の輝きが戻っていく。
長くゆるいウェーブが全て金色に塗りかえられたとき、五龍の咆哮も息が続かなくなったようで、始めた順番から次々に止まった。
彼女は身体の力が抜けたようになって、そのまま地上へと転落していく。
「シーリア!!」
輝は無龍を駆って、彼女を抱きとめた。
黄金の王女の瞳は今は閉じられていたが、あの湖の水面を映す青碧色に戻っていることだろう。
「輝!」
『王女は!?』
「彼女は無事か!?」
『怪我などされておらぬか!?』
「シーリア!」
『王女!』
駆け寄る四人と龍たち。
輝は、唇に指をあてた。
「今は、眠らせてやってくれ…」
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