■Urban legend −夜明けの街−■
第7話後編
「真実は数多の虚構からその姿を覗かせる《後編》」 ■担当:南雲遊火■
■――A.D. 20XX 暁月市 某ビル内 C-ONの住居■
そこには時間がなかった。
C-ONが奥に繋がる、部屋の扉を開けただけだったのに。
「入っちゃダメ。さすがの貴方でも、飲み込まれるわ。」
C-ONに制止され、勝也は気がついた。どうやら、無意識に歩を進めようとしていたらしい。
部屋の中は静寂に満ちていた。いや、正確には部屋ではない。天井はなく空は漆黒の闇と星が浮かび、路地をはさむように立つ街灯の火は揺らめく事なく、静かに立っている。
まるで、精巧で大きな立体写真を見ているようだと、勝也は思った。
「ここは?」
老女は無言で、空間の奥の方を指差した。
彼女の指先遥か彼方、上空に、一人の女性が、浮遊している。
いや、浮遊……という表現は相応しくないだろう。ここは、時間がないのだから。
「彼女は?」
「……秋月静音(しずね)。ここは、彼女の凍った心が具現化した部屋。」
C-ONは悲痛そうな表情を浮かべた。そんな彼女の代わりに、絹江が静かに口を開く。
「……昔話をしよう。もっとも、君らはサーチャーだから、答えは己が力で、探しださなければならない。」
でも、答えを導き出すために、情報は必要だ……。
「そう……だろう。神居。」
絹江の言葉に、はっと、勝也とC-ONは振り返り、背後を見すえる。
先ほど勝也が蹴破った、あの扉のところに、見なれた漆黒の姿があった。
「神居さんッ!」
「神居……何故……。」
C-ONは、黒の眼を見開き、そして、神居に近寄る。
「どうやって、こちら側に来た……。お前は、この暁月市に拒絶されたはずなのに。」
そう、拒絶されたはずだった。あの男に。事実、ライターであるC-ONの元に、そのような情報はもたらされず、彼女が管理するあの紙……視覚化した予測情報の束にも、そのようなものはなかった。
「ええ、そうですね……だから、結構大変でしたよ。」
神居がふぅ……と、大きく息を吐いた。
神居がかけた電話番号……それは、GINのサイトマスター、ビルの所持する携帯電話の番号であった。
アドレス帳に入れていないのは、もしこの携帯が他人の手にわたった時の用心の為。GINの存在を他人に知られないようにするための保険である。当然、自分が今かけたこの履歴も、話し終えたとたん、すぐに消去する。
何故、ビルに連絡をとったのか。それは、ビルを経由してGINのスタッフを数名、派遣してもらう為である。
シンジュクから遠く離れた倉庫街の神居の机の上から、神居自身が、あの銀のアタッシュケースと、勝也が格闘していた機械を取りに戻るとなると、タイムロスが激しすぎる。瑞穂と久扇子に頼む……という手を、考えなくもなかったが、ある場所を集合地として、自動車、バイク、それらが通れる裏道抜け道を知りつくしているスタッフに協力してもらったほうが、迅速に行動できると判断したのだ。
とにかく、それだけ神居にとっては、緊急を有する事であった。
スタッフから頼んだ物を受け取ると、神居はアキルノ市に向かった。そう、病院にいる『静音』が保護された、あの公園へである。
そして、勝也に預け、自分が完成させた、あの機械を起動させて自身の周囲数メートルの範囲の磁場を歪ませ、そして神居の肉体を暁月市に、ほぼ、強制的に転送させたのである。
「理屈ではわかってたんですが……いざ、実行してみるとなると、かなり身体のほうに負荷がかかりまして……しばらく動けませんでした。それに……。」
すっと、神居は右手をあげた。しかし、そこにあるはずの手のひらが、綺麗さっぱり消えている。
「無理矢理介入したせいで、ご覧の通り、ちょっと不完全に転送されたみたいです。」
「い……痛くないんですか?」
勝也は目を見開いて、神居の手を指差した。
「大丈夫です。視覚化されていないだけで、手自体はここにあるんですよ。感覚もありますし。」
すっと、神居が手をのばすと、突然、勝也が奇妙な声をあげた。
「ひぁッ!……わ……わかりました。わかったから……首筋、くすぐらないで下さいッ。」
「……とまぁ、とりあえず勝也君の余韻をたどってここまで来たわけなのですが……貴女がいた事は、予想外でしたね。」
神居は絹江に向かって、にっこりと微笑んだ。絹江はフンッと、鼻で笑ったが、それでもどこか、少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「あと……こちらの御夫人は?今さらですが、紹介願えませんか?勝也君。」
「えぇっと……C-ONさんと言いまして……あぁ、どこから言えばいいんだろうッ。とりあえず、俺が暁月市に来てからの事を、報告します。」
勝也は息を吸って吐いてを幾度かくり返すと、口を開いた。
■――A.D. 20XX 暁月市 某ビル内 C-ONの住居 リビング■
C-ONが出してくれたお茶を一口、ゴクリと飲み込むと、勝也はドンッと、机に湯飲みをおいた。
「……と言うわけで、秋月静音(しずね)さんの他人格であるシオンに案内され、俺はここに辿り着いたんですが……。」
事情というか、現状というか……そのあたりはさっぱりで……と、勝也はぽりぽりと頭をかいた。
「ただ、シオンは……彼女は、暁市の破壊を望んでいる……そう、言っていました。」
神居は勝也の報告を、静かに、聞き入っていた。
「……正確には、山南市郎からの解放だね。シオンは自由を欲しているから。」
C-ONが、静かに口を開いた。シオンとC-ONは同一人物……だから、直接会う事はできない。しかし、C-ONはライター(他人格の情報、行動を把握し、まとめる役割を持つ人格)である故、彼女の望みを知っているのだ……という事らしい。
「もっとも、私は中立だ。暁月市が崩壊して無くなろうが、現状維持を続けようが、そんな事はどうでもいい。」
C-ONの言葉に、勝也はえ?と、口を開いた。
意外だった。シオンの様子だと、彼女は協力者のように聞こえたのだが……。
「たしかに、山南の行為は許しがたい部分がある。だが、それはそれ……だ。」
神居は興味深げに、C-ONを見つめていた。外見もだが、彼女は静音(シオン)とはずいぶん違う。勝也から聞いたシオンいう少女とも、かなり考え方に違いがあるようだ。
「では、中立……と言う立場で教えて下さい。山南市郎は、何をしようとしているのですか?それと、静音(シオン)は、今、何処に?」
C-ONはお茶を一口、静かにすすり、そして神居の目をジッと見つめて口を開いた。
「山南の願いは、『愛する者の側にいる事』だ。静音(シオン)は、今頃は山南の側にいるだろうさ。」
「え?」
あんぐりと勝也は口を開いた。
「山南さんの愛する人って……秋月静音(しずね)さんじゃないんですか?」
「……そう、本当にヤツが愛する相手は静音(しずね)だよ。しかし、静音(しずね)はご覧の通り、心を閉ざしてしまった。」
静音(しずね)は、山南を拒絶したのさ……。C-ONはそう言うと、もう一度、お茶をすすった。
「山南を拒絶し、暁月市にやってきた静音(しずね)を、山南は追ってきた。そんな山南を拒んだ静音は、拒絶するあまり自らを封じてしまった。その事実に耐えれなかった山南は、我らSHIONに目をつけたのさ。」
婚約者だったから、静音(しずね)に複数の人格がある事を、山南は知っていた。
「そんな中、ヤツがまっ先に目をつけたのは、性格、精神年齢が一番静音(しずね)に酷似していた『しおん』だ。」
「しおん……さんって……。」
「会ったのだろう?暁月市からはじき出された秋月静音(しずね)の身体に宿った『しおん』に。」
「病院のしおんさん……!」
あ……と、勝也は手を打った。
「でも……精神年齢、かなり幼かったですけど……。」
「退行したのさ。静音(しずね)同様、山南を拒絶してね。」
そんな……絶句する勝也の代わりに、神居が口を開き、ライターに問う。
「何故、秋月静音さんと、しおんさんは……山南さんを拒絶したのですか?」
「………………。」
C-ONは黙った。
しかし、彼女のその沈痛な表情で、神居はその理由が、少しわかったような気がした。
ぽつり……と、C-ONは、少しづつ口を開く。
「山南は……独占願望の強い男だ。そう……元々秋月静音が彼と婚約する事になったのも、彼が静音を見初めた事から始まった。」
そう、それは本当に、日常的で、些細なきっかけであった。
彼は……山南市郎は、幼い頃に町でたまたま見かけただけの彼女に恋心を抱き、自分の地位と見合うための家柄の娘に養女としていれ、何食わぬ顔で彼女と知り合い、婚約者となった。
「山南は、何時も自然で……裏表のない人間に見えた。秋月家の養子縁組のきっかけも、両親が話していた、「子どものいない秋月家が、養子を探している」といった、なんの他愛のないウワサ話の流れの中で、静音の存在をあくまで自然に、口にしただけだ。」
……その後、両親が秋月家に、静音の存在を、伝えるであろうという事を、予測した上で……。
「なんだか……すごいですね。」
「どんな人間でも、闇の部分を持ち合わせているものさ。光の部分が強ければ強いほど、できる陰は色濃く、暗いもの……。」
唖然とする勝也に、絹江がぽつりと、呟いた。
何時も自然体のごとく振る舞う彼のしたたかさ……彼の本質に気づく者など、彼の周りにはいなかった。
そう、この場にいる神居も、そう思ってきた一人である。
「シオンは山南の、その確信犯的な考え方が我慢ならないのさ。しかし、その考え方の根源は、彼の、なんの混じりけの無い純粋な思いだ。秋月静音を愛している……という、実にひたむきで純真な願い。」
だから、余計にタチが悪い。そう、C-ONは呟いた。
「秋月静音がその事……山南市郎の本性を知ったのは、もう随分後の事だ。」
C-ONは、手近にあった煙管に手をのばすと、火をつけ、深く吸い込んだ。パイプの先から、ゆっくりと紫煙が登る。
「実の両親と別れた原因が彼だと知り……それでもその、原因の原因が自分を愛するためだという事を知っているが故のジレンマに、秋月静音の精神は次第に異常をきたした。そう、我等SHIONに分裂し、そしてなおかつ前の暁月市に逃げ込むほど追い込まれ、山南が追ってきた事を知ると、自らの心を凍結してしまうほどに……。」
あとは、さっき話した通りさ。C-ONは深く、息を吐いた。
「山南は秋月静音の代わりを探した。そして見つけたしおんも、彼を拒絶し、現実世界へ戻ってしまった。そして、今、彼の隣には静音(シオン)がいる。……とまぁ、こんなところだね。」
「あれ?それ、変じゃないですか?それ。」
ハイハイハイッ!挙手して勝也が問う。
「はい、勝也君、どうぞ。」
まるで学校の先生のように、絹江が勝也を指した。
「山南さんが暁月市にきてから、十年近くたってますよね。あの病院のしおんさん、十年も山南さんのラブ・コールに耐えてたんですか?」
絹江は思わず苦笑し、神居を見た。
「随分、優秀な弟子だねぇ。」
「……返す言葉もございません。」
神居は思わず眉間を押さえ、頭を抱えた。
勝也は、あれ?と、目が点になった。……どうやら、余計な事を言ったようだ。
「勝也君、暁月市は異なる時間軸を持っている……と、今までずっと言ってたじゃないですか。」
「え?それって、作った本人にも有効なんですか?」
C-ONは、クスッと笑い、呆れて苦笑を浮かべる二人の代わりに、優しく、答えた。
「そう、暁月市の時間軸は、すべての者に適用される。この世界の基盤となっている我等SHIONなら、ある程度なら飛び越える事は可能だが、それでも限界はある。完全なる例外は、神居と勝也……お前たちだけだよ。」
そうだね……と、C-ONは少し考えた。
「現実世界で十年が経過していたとしても、多分、山南は、暁月市を作ってまだ、半年……いや、数カ月程度だと思ってるだろうさ。」
「な……。」
神居が、目を見開いて驚いた。
暁月市の特性上、ある程度の予想はしていた。
しかし、たった数カ月……そこまで短いとは……。
「それで……山南さんは今、何処なんですか?」
勝也の言葉に、絹江が顔をしかめた。
「お前は、サーチャーだろう。探索は、朝飯前じゃないのかい?自分の仕事くらい、自分でしな。」
「……大丈夫ですよ。勝也君。多分、あそこだと思いますから。」
神居は立ち上がると、「ごちそうさまでした。」と、C-ONに軽く会釈をする。
「いきますよ。」
「あ、神居さんッ。待ってくださいよッ!」
忙しく立ち上がって、慌てて神居を追う勝也の背を見送り、二人の老女は顔を見合わせた。
「……本当に、失礼な子だねぇ。まったく、誰に似たんだか。」
「でも、可愛いじゃないか。元気があって。」
C-ONは、にっこりと、絹江に微笑んだ。
でも……それでも……と、ブツブツと茶飲み友達に愚痴る絹江の表情は、言葉とはうらはらに、まんざらでもなさそうだった。
■――A.D. 20XX 暁月市 某所■
あるドアを目の前に神居と勝也は二人、並んで立っていた。
ドア……それは、神居を拒絶し、はじき飛ばした、あのドアである。
「あ、神居さん。オレが開けますよ。」
口を開きながら、勝也は同時に行動を移していた。「慎重に」……と、神居は口を開きかけたが、神居が間髪突っ込む間も無く、ドアは勢いよく開かれた。いや、正確には蹴破ったと言うほうが正しいかもしれない。
彼に、異常は無いようであった。先日の神居のように、元の世界に戻される様子は、微塵も無い。
理由はわからない。勝也の力が、もしかすると神居が思っていたより強いのかもしれない故か。もしくは、静音(シズネ)が市郎の側にいる故か。
しかし、開いたとたん、ドアの向こう側から突風が吹き荒れ、二人は思わず目を瞑った。
しばらく吹き荒れた後、バタン……という音と同時に、突風は何事も無かったかのようにおさまる。
二人は顔を見合わせた。
「………………。」
「あ……あはは……ドア、閉っちゃいましたね。」
改めて勝也がドアを蹴破った後、やはり二人を拒むよう、風が吹き荒れたが、二人はドアの向こう側へ無理矢理歩を前へ進め、飛び込むように部屋の中へ入った。
目を開けた勝也が見たもの……それは、白い壁だった。
捉え様によっては、病院……いや、サナトリウムのようなイメージ。白……厳密に言うなら白灰色の、四方の壁に囲まれたその部屋は、調度品のほとんどが、白と、光沢のあまり無いマットな銀で統一されている。
部屋のほぼ真ん中にある白いソファーに、男女が座っていた。
女の足元に、数枚の紙が散らばる。遠目から見ただけだが、間違い無くC-ONが管理する、視覚化した情報である。
多分……いや、十中八九、静音(シオン)と……。
「山南……市郎……。」
「……誰だね。君たちは。」
山南は、寄り添うように座る静音の肩にそっと手を添え、そして自分の方へ抱き寄せた。
「お久しぶりです。……山南さん。神居です。」
神居が一歩、歩を進めた。静音が小さな、本当に微かな声を出した。聞き取れなかったが、唇が、『カムイ』と、動いたのを、神居は見逃さなかった。返事を返す代わりに、彼女に向かって神居は微笑んだ。
山南は顔をあげ、虚ろな眼で神居をジッと見た。
「……誰だね。君たちは。」
再び、山南は、先ほどの問いをくり返した。
先ほどとは違い、彼のその目に宿る色は、恐れ、不安、そして……警戒心。
「何故、私の邪魔をする。私はただ、静音と共にいる事を、望んでいるだけなのに。」
神居は無言だった。もしかしたら、こういう答えが帰ってくる事を、予想していたのかもしれない。
ただ、悲しげに視線を下げ、隣に座る静音を見つめた。
「シオン。……お待たせしました。あなたの事、調べてきましたよ。」
「その事なら、彼から聞いたわ。私の事。彼と私の事。」
ジッと、静音は神居を見上げた。
病院で見た静音より幾分年上に見えたが、これまで会ったSHIONの中で、一番印象的な瞳を持っている……と、勝也は思った。
「それでは質問します。静音。彼の……山南市郎の言葉に、何か違和感を感じませんでしたか?」
彼女は息をのんだ。その様子から、彼女の答えは明確だった。
静音は彼の言葉をうっとりと聞きながら、それでもどこか、胸の奥でその言葉を否定している自分がいた。
記憶が無いにもかかわらず、である。
いや、記憶が無い事自体、もしかしたら違和感の原因なのかもしれない。
彼の言うように幸せだったのなら、何故、自分には記憶が無いのだろう。
彼の言う通り、思い出す事を拒んでいたのなら、何故、拒む必要があったのだろう……。
「……静音?」
山南は優しく、静音を見つめた。
「……らない。わからないわ。」
何が、誰の言葉が、真実なのか。
神居は、彼女の肩にそっと触れようと手をのばした。しかし、山南に遮られたのと、視覚情報が不十分で手が無い(ように見える)ので、途中でやめた。
そのかわり、彼女を落着かせるように、優しく、諭すように口を開いた。
「シオン……落着いて下さい。……彼の言葉も、真実です。本当なのですよ。」
ただし……と、付け加えるように口を開く。
「それは、彼にとっての真実です。真実は人それぞれ……それこそ、尺度の数以上にあるんですよ。」
あ……と、勝也は息をのんだ。
山南市郎が、秋月静音を愛している事も真実。
彼を愛しながら、彼の行った行為を知ったが為に、秋月静音が心を閉ざしてしまった事も真実。
山南市郎を嫌うシオンとしおんの考え方や、中立を保つC-ONの考え方も、彼らの認識する『真実』に基づく。
「真実は常に一つとはかぎりません。それぞれの人たちが信じる『真実』を虚構と呼ぶのなら、その中から、自分の思う真実を、見つけていけばいい。」
「それが、あなたの探しだした『真実』?」
神居はコクリとうなずいた。そして、再び口を開いた。
「『貴女』という人物を探す事によって、辿り着いた答えです。」
■――A.D. 20XX トーキョー某所 倉庫街■
「早いモンね〜。私がGINに入ってもう1年たっちゃったなんて。」
「で、このケーキ、なんだよ。」
姉をジト目で睨み、テーブルの上の丸いチョコレートのケーキを指差す。
「祝!一周年のお祝い。……してくれるでしょ?」
普通しないって……という言葉を、勝也は飲み込んだ。……っつーか、自分で買ってきたのかよ。
「私、プリンのほうがよかった……。」
「今日はショコラって気分だったのッ。嫌ならあげないッ!」
「あ、ウソウソ、クミちゃん。大好きッ!」
瑞穂の言葉に、久扇子はやれやれ……と、ケーキを切り分け、瑞穂に渡した。
「そういえば、神居君は?」
久扇子が口を開いたと同時にドアがあき、黒づくしにボサボサ頭と、相変わらずの格好の神居が部屋に入ってきた。
「あれ〜?どうしたんですか?このケーキ……。」
「一周年記念パーティー、してほしいんだそうっす。」
お手上げです……とばかりに、勝也が報告する。
「ってなわけで、夕飯はフレンチがいいなぁ〜。神居君。」
「お寿司でもいいかも……。」
ははは……1年もたてば微妙になれてはきたものの、相変わらずのテンションに呑まれ、神居は引きつった笑みを浮かべた。
「そういえば、ドコ行ってたんですか?」
「佐藤時計店。」
「あぁ、しおんちゃんとこ。」
佐藤時計店の店主に、山南市郎から逃げ出すため、秋月静音の肉体にやどり、暁月市からこちら側へ戻ってきた『しおん』を会わせたのは、神居と勝也がこちら側へ戻って間もなくの事である。
その後彼女は彼に引き取られ、現在にいたる。
退行した意識はそのままだが、真実を忘れたいと願った彼女にとっては、幸せなんじゃないかと、勝也は思う。
「彼女の精神年齢は、私が娘を養女にだした、丁度その頃の年齢なんですよ。まるで、娘が戻ってきたようです……。」
店主の嬉しそうな言葉を、何度も何度も聞いたせいかもしれないが、多分、それだけじゃないだろう。
他のSHIONがどうなったのか、なにより暁月市がどうなったのか……実の所、勝也は知らない。
ただ、行方不明となった人たちが、ちらほらと見つかったという話を、ここのところよく耳にする。暁月市との関連はまだわかっていないが、十中八九暁月市の関係者だろうと思う。
山南市郎の帰還は、まだ果たされていない。
「あの人は、帰ってきませんよ。」
ふいに、神居が口を開いた。……時々、この人はテレパシーが使えるんじゃないかと、勝也は思ってしまう。
「君の考える事は、すぐに顔に出ますから。わかりやすいんですよ。」
「……なんで、そう思うのですか?」
「暁月市は、まだ存在するからですよ。」
「えッ?」
ケーキの大きい小さいで揉めてた久扇子と瑞穂の二人が、神居の言葉に思わず顔をあげた。
「言葉を加えるなら、形を変えて、存在する……というわけです。」
シオン……幼い姿のSHIONの言葉を、勝也は思い出した。
……暁月市の基盤となる世界はは別にあった。……そこは天国と呼ばれる場所だったのかもしれないし、まったく別のものだったのかもしれない……。
「暁月市はもともと、生を憎み死を望む生者と、死を否定し生を望む死者などが入り交じった、いわば有無の狭間の中間的な世界だったんです。しかし山南市郎が……彼も、ある意味特異な能力を持つ者だったのでしょう。自分の望む世界へと、暁月市を構築し直した。故にバランスが崩れてしまい、一定条件を満たせば簡単に辿り着いてしまうようになってしまった。」
出来上がったばかりのインスタントコーヒーを一口すすると、神居は再び口を開いた。
「それを、元の状態へ戻したんです。」
「それじゃぁ、最近やたらと発見される行方不明者は……。」
「簡単に言うなら、面白半分で暁月市に入り込んだ、生きる気満々の生者ですよ。」
神居はコーヒーをもう一口すすり、そして深く溜め息をはいた。
「まぁ、今後は行方不明者が多発しなくなる……という結論から見ると、暁月市はなくなったとみなされ、人のウワサも七十五日、直に、忘れられていきますよ。」
「あー、そうだッ!」
騒々しい姉を、勝也は思わずジト目で睨んだ。
「『忘れる』で思い出したッ。……今、ここで言うのもなんだけど、また忘れそうだから言っとく。勝也。来月頭の日曜日、法事あるから明けときなさいよ。」
「法事?誰の?」
「お婆ちゃん。……まぁ、あんたは記憶ないだろうけどさ。あたしが小さい時に、お爺ちゃんちの裏山が崩れちゃって、その時巻き込まれて死んじゃったお婆ちゃんがいるの。絹江って名前の。」
ぶぶッ……神居が思わずコーヒーを吹き出した。
「なによ。汚いわね……。まぁ、結局川まで流されたせいで、死体、出てこなかったから厳密に言うと行方不明で、最近死亡届を提出したみたいなんだけど……。これがまぁ、生前やったら豪快なばあちゃんでさ。……って、聞いてるの?」
久扇子が、何やら真っ白になって立ち尽くす二人を、いぶかしげに見た。
「なんか……最後の最後に知らなくていい事、知っちゃいましたね……。」
「……そうですね。」
神居と勝也は顔を見合わせ、ハハハ……と、苦笑を浮かべた。
■――A.D. 20XX 暁月市 某所■
神居は静音と二人、向き合っていた。
勝也は先にトーキョーへ帰ってもらった。山南が何処にいるのかはわからない。
ただ、静音は神居と二人になる事を望んだ。客観的立場である神居が知った、秋月静音と山南市郎の関係を話してもらうために。
「ありがとう。」
聞き終わると、自然とその言葉が出てきた。
「貴女は、これからどうするつもりなのですか?」
神居の問いに、静音は微笑んで答えた。
「彼と……市郎さんと、一緒に居ます。」
神居は一瞬、目を見開いたように見えた。
「私は、彼と共にいることを、望みます。私がこの世界の管理人の1人であるのなら、この世界……暁月市を、できるだけ元の状態に戻して。」
そうですか……。神居も彼女に微笑み、寂しくなります。と、呟くように言った。
しばらく二人は無言であったが、ふと、神居が目を細め、そして口を開いた。
「ここに、あったのですね。」
神居の言葉に、静音は、ただ無言で微笑んだ。
彼女の左腕に、銀の細い時計が、静かに輝いていた。
。。。THE END。。。
あとがき
ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい(前回に引き続きひたすら平謝り)。
非常にお待たせいたしました。完結編、ようやく完成&upです。
ずるずるのびちゃって、ゴメンナサイorz。
なんか前編からその気があったのですが、主人公微妙に間違ってますorz。
一応私なりにケリをつけたつもりなのですが……。どうでしょう?
頭が悪いので、部分的に、自分で説明しといて「うわ〜コジツケだなぁ……」とか、「あれ???ちょっと説明あやふやかも……」と思う所もありますが、皆様が築いた世界を破壊しないように頑張ったつもりデス。いや、マヂで頭の普段使わない部分を使いました。コレorz。
ともかく、引っ張ってしまい申し訳ありませんでした&待ってくれてありがとうございましたm(_ _)m。
2005.8 南雲遊火
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◇執筆者HP本編リンク◇
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■■第3話(HP閉鎖)
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■■第5話
■■第6話(HP閉鎖)
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