■Urban legend −夜明けの街−■
第4話 「異世界への扉」 ■担当:せんか■
■――A.D.20XX トーキョー某所 住宅街■
久扇子と瑞穂は聞き込みをしながら、住宅街へと迷い込んでいた。
「これじゃあ、神居君の二の舞じゃない」
「何、何、どういうこと?」
覗き込んでくる瑞穂の顔を見返しながら、久扇子は軽く溜息を吐いた。
「違うのよ、前に住宅地から不審人物がいるって通報があってね、来てみたら神居君と勝也だったのよ」
「え、2人は何してたの」
その時のことを思い出したのか、久扇子は軽く頭を振った。
「猫探し」
「ええっ」
驚きはしたものの、笑いがこみ上げてきたのか、瑞穂は吹き出した。
「やだっ、神居さんが猫探しだなんて……あの黒い服装で? こんな所で? 確かに怪しいわよ」
「でしょ。時と場合によって服装を替えればいいのに、年がら年中あの格好でしょ、あんたは歩く葬儀屋かよって突っ込みたくなるのよね」
「もったいないよね。あれだけカッコイイんだもの、ちょっと服替えるだけですっごくもてると思うんだけどな」
瑞穂が何気なくいった言葉を、久扇子はゆっくり反芻すると、驚いたように瑞穂を見つめた。
「カッコイイ? 神居君が、やだ、瑞穂ってば冗談きついって」
笑い飛ばす久扇子に、瑞穂は食い下がる。
「冗談じゃないわよ。神居さんは元がいいの、元が。確かに、今の格好とあのぼさぼさ頭はいただけないけど……けど、それをなんとかするのが女の腕の見せ所でしょ」
「もしもし、瑞穂ちゃん。もしかして、神居君をなんとかしようと思ってる?」
久扇子は茶化すような視線を瑞穂に向けた。すると、瑞穂はハッと我に返り頬を朱色に染めた。
「違うわよ、そんなんじゃないわよ、やだ、クミちゃんてば」
片手で頬をおおい、もう一方の手で久扇子の肩をバンバンと叩いた。
「神居君のことはいいとして、兎に角私たちもこんな所で聞き込みしていると変に誤解されそうだから、さっさと退散しますか」
「そう……ね」
同意したものの、瑞穂の視線は近くの電信柱に釘付けになっていた。
「瑞穂ちゃん?」
「ねえ、クミちゃん。ここってさ、あの静音って子が下宿していた所じゃない」
瑞穂は久扇子の袖を引っ張ると、電信柱に書かれている番地を指した。
「え、どれどれ……」
そう言うと、久扇子は手帳をめくり本庁のデータをメモしたページを開く。
「えっと……3−20……よね、そう、この番地だわ」
が、そこには一軒家が建ち並んでいた。
「彼女が失踪したのって大分前のことだし、彼女が住んでいたアパートは取り壊されたんじゃない」
「でもクミちゃん、この辺りってどう見ても古くからある感じがするんだけど」
ブロック塀や垣根でおおわれた住宅は、瓦屋根のそれが多い。
路地が狭かったり、雑然とした街並みは古くからあるそれを感じさせる。
そんな所に、静音が住んでいたアパートが建っていたのだろうか――久扇子に疑問が浮かんだ。
「ちょっと聞いてくる」
そういうと、久扇子は近くの民家のチャイムを押し、出てきた住人にこの近くにアパートがなかったかどうか尋ねた。
一通り話しを聞くと、一礼し民家を後にした。
「クミちゃん、なんて?」
戻って来た久扇子に瑞穂はかぶりつくように尋ねた。
「うん……古くからこのまんまなんだって。アパートなんて建っていた記憶はないって」
2人は顔を見合わせたまま、黙り込んだ。
青く澄んだ空に、飛行機雲の線が引かれている。
どこからか子供達の楽しそうな笑い声が響いてくる。
「ねえ、彼女って本当に実在しているのよね」
確かめるような瑞穂の言葉に、久扇子は「実在している」と確信することが出来なくなっていた。
「大学……彼女が通っていた大学に行こう」
強ばる表情で久扇子は告げた。
■――A.D.20XX 暁月市 某所■
古いビルの前に神居と静音はいた。
大通りから奥に入ったそこは、薄暗く空気が淀んでいるように感じられた。
外観からすると、ビルの高さはさほど高くない。しかし、以前ここに入って知っていた。このビルが、見た目通りの高さではないことを。
神居はふと周囲に視線を向けた。
近代的で真新しいビルがそびえ立っている。
思わず苦笑を漏らした。
目の前のビルが、世界から忘れられたかのように見えたからだ。
「神居、どうかしたの?」
隣にいた静音が怪訝そうに尋ねてくる。
神居は軽く首を振ると、なんでもありませんと答えた。
そして、つかつかと扉へと歩み寄った。
そのビルにある唯一の扉、錆びた銅色のそれに手をかけた時だった。
神居を襲ったのは、言いしれぬ圧迫感。
ドクンドクンドクン
心臓が異様な早さで音をたて、体中から汗が絞り出される。
ドクンドクンドクン
息さえも出来ない程苦しい。
ドクンドクンドクン
目の前がぐにゃりと歪む。
慌てて顔に手をあて、瞳を閉じた。
気持ちを落ち着ける為に。
そして、瞳を開く。
視界がクリアーになるが、それは一瞬のことで、直ぐさま白くぼやけだした。
「神居?」
静音の心配そうな声が聞こえる。
自分は一体どういう状態なのだろうか。立っているのだろうか、あるいはしゃがみ込んでいるのか――それすら解らなくなっていた。
「神居?」
静音の声が遠くで響いている。
声のした方へ顔を向けようとするが、自分の意志では動かない。
脳の奥に直接語りかけるような声がした。
……イ……ナ
頭部全体を激しい頭痛が襲う。頭の中でシンバルを鳴らされているような衝撃に、めまい所か吐き気すら感じた。
誰かが体を揺さぶった。
ヤメテクレ
声にならない悲鳴を上げ、神居は何度も瞬きをした。
その度に、視界が狭まって来る。そして、ブラックアウトした。
■――A.D.20XX トーキョー某所 商店街■
「ここは……」
神居は人通りの少ない商店街にいた。
思い出したかのように神居は、手首に巻き付けていた金色の懐中時計を手に取った。
時計の針は6時を指していた。
ふと視線をあげ、空を見上げた。
あかね色をした空が、夕方を表していた。
「トーキョーに戻って来てしまったようですね」
ひとりごちると、表情を険しくした。
全身真っ黒な出で立ちの男が、商店街のど真ん中で渋い顔をしている。傍目からすれば、かなり不審であるが、本人はそんなことには気がついている様子もなく、考え込むようにそこに佇んでいた。
街の景色は刻々と様変わりしていく。
陽が沈むのは、思っている以上に早い。
気がつけば周囲は薄暗く、商店の軒先に灯りが灯りはじめた。
「あれ? もう夜ですか?」
慌てて周囲を見回し、そこで、自分が何処にいるのか解らないことに気付いた。
「どうやって帰りましょうか……。あ、すみません、ここから最寄りの駅ってどこになりますか?」
丁度ビールケースを抱えて店から出てきた店員風の男に声をかけた。
「駅? えっと、この道真っ直ぐ行って、突き当たりを左にいくと地下鉄の駅があるけど?」
「ああ、そうですか。よかった、ありがとうございます」
深々と頭を下げると、男の手を握りしめニッコリと笑みを浮かべた。
店員風の男は、一瞬拒絶するように身を引くが、愛想笑いを浮かべながらそそくさと店の中へと入って行った。
男の後ろ姿を見つめながら、苦笑を浮かべると、彼から教わった駅へ向かった。
■――A.D. 20XX トーキョー某所、倉庫街■
「勝也、神居君まだ帰らないの?」
部屋の隅に置かれたソファーに座り、テーブルにスナック菓子を広げている久扇子が、せっせと飲み物を運んでいる勝也に尋ねた。
「うん。いないんだからまだなんじゃない」
「お腹空いちゃった」
そう言うと、隣に座っている瑞穂に同意を求めた。
「神居君に何かおごってもらおうと思って帰ってきたのにな」
と言いながらも、スナックをつまむ動きは止まることがない。
「ていうか、そんなけ食べてたら夕飯いらないんじゃない」
勝也の冷ややかな視線はテーブルの上に注がれた。
「お菓子と夕飯は別腹なの」
プイっと拗ねた口調で告げると、やはり手はスナック菓子へと伸びる。
机の上には、食べ終わった菓子箱や袋が至る所に丸められていた。
久扇子達がこの家に戻ってきたのは、小一時間前である。そう考えると、些か食べ過ぎのような気がするが――。
「クミちゃん、そっちのチョコレート取って」
「ふあーい」
スナックを口に頬張ったまま、久扇子は自分の近くに置いてあるチョコレートの箱を瑞穂に渡した。
「ここのチョコレート大好きなの。勝也君も食べる?」
手に持っていた箱を勝也に差し出した。
「いえ、いらないっす」
げんなりとした表情で断ると、手に持っていた飲み物をテーブルの隅に置いた。
ガチャリ
扉が開けられる音と共に、そこから黒ずくめの男――神居が姿を現した。
「あ、お帰りなさい」
助かったとばかりに、勝也は神居のそばに走り寄った。
「遅かったから心配してたんすよ」
「ああ、すみません」
浮かない表情の神居に勝也は眉根を寄せると、軽く肩をすぼめ、久扇子を顧みた。
「どうかしたの? 神居君」
「ああ、久扇子さんも来ていたのですか」
どこか疲れた様子の神居に、久扇子は心配そうに視線を向けた。
「何かあったの?」
「ええ、ちょっと」
歯切れの悪い神居に、久扇子は椅子を勧めた。
そして、遠慮する神居を無理矢理座らせると、久扇子は背後に回り、椅子の背に両手を付き、頭上から威圧的な声を出した。
「で、何をしたんだ」
「……久扇子さん、それ尋問じゃないですか?」
「素直に吐けば楽になるわよ」
「や、だから、僕は何もしていませんってば」
思わず語尾を荒げる神居に、久扇子はつまらなそうに唇を尖らせた。
「なあんだ。つまんないの」
「つまんなくないです。何言っているんですか、あなたは」
「クミちゃん、尋問っていうのはもっと長くするものじゃないの? ほら、テレビとかでやってるじゃない。ライトあてたり、情に訴えたり」
瑞穂の瞳がキラキラと輝いている。それは、この状況を楽しんでいることを克明に物語っていた。
「そっか、そうよね」
そう答えた久扇子は、ニヤリとほくそ笑んだ。
「ちょっと待ってください」
女2人、それも苦手なタイプの2人に詰め寄られ、神居はただ気圧され焦るばかり。
「神居君。夜は長いのよ、何時間でも付き合ってあげる」
「だ、だから、何僕で遊んでいるんですかっ」
「だったら夕飯おごってよ」
頬を膨らませながら不機嫌そうに告げる久扇子に、神居はきょとんとした表情を向けた。
「なんの脈絡からそうなるんですか?」
「神居君待ってたらお腹空いちゃった」
悪びれた風でもなく、あっけらかんと言い放つ久扇子に、神居は何度も瞬きをした。
「待っていてください、なんて言った覚えないんですが」
「えーせっかく待っていてあげたのに、なんでそんな冷たいこと言うの?」
「そーよ。神居さんて冷たい人なのね」
久扇子に同調するように、瑞穂が神居を責める。
「か、勝也君、助けてください」
神居は情けない顔で勝也に助けを求める。
「僕には無理です」
きっぱり拒絶する勝也に、神居は頭を抱え込んだ。
「私フレンチが食べたいな」
瑞穂は瞳を輝かせながら、胸の前で両手を握りしめる。
「えー私はイタリアンがいい」
「フレンチだってば」
「イタリアンがいい」
自分の欲求を誇示し、一歩も譲ろうとしない2人を尻目に、神居はそっと椅子から立ち上がった。
「解りました。寿司の出前取りますから。それで勘弁してください」
神居の言葉に、久扇子と瑞穂は顔を見合わせると、手を取り合い「やったぁ」と叫んだのは言うまでもない。
「ところで、何か成果はありましたか?」
コホンと咳払いをする神居を、久扇子はちらりと見る。
そんな久扇子の様子に気付いた神居は、少し真剣な面もちで久扇子を見た。
「久扇子さん?」
「実はね――」
■――A.D.20XX Unknown■
高層ビルの屋上のフェンスに、純白の服に身を包んだ少女が腰掛けていた。
遮るモノが何もないそこは、北から南へと強い風が吹いている。
少女は、北に背を向けている為、風に背を押され地上に落下してしまいそうな危うさがある。
が、風は少女の周囲では優しく揺らぐ。
まるで、彼女を包み込むように
ふと、静音は瞳を細めた。
目の前を一陣の風が吹き抜けた。
そっと手を伸ばし、空を握り込む。
そして、掌を開き、そこにある紙縒をゆっくり開いた。
「また誰か迷い込んできたのね」
数え切れない程この街に人が来る。
ただ、来た人々の行方など彼女の感知するところではない。
「私は……」
そこでふと先刻の出来事を思い出し、瞳を伏せた。
「一体なぜ神居は……」
フェンスに手を付き、その上に立ち上がる。
周囲の風が、ゆっくりとぐろを巻き、彼女を取り囲む。
「この世界は私には何の意思も示さないのだけれど……神居には違うのかしら」
そして、また空を握り紙縒を開く。
「……」
それを見つめる瞳に、落胆の色が濃く映し出された。
■――A.D.20XX トーキョー某所 倉庫街■
神居はパソコン画面に向かっていた。
先ほど聞いた久扇子の言葉が脳裏を過ぎった。
静音って子が存在していないのよ――久扇子はきっぱりと言い切った。
パソコンから警告音が発せられる。
が、神居は気にとめることなくマウスを動かし、しかし思考は考え事に集中している。
彼女の住んでいた番地には、彼女が住んでいた建物はなかったの。それに大学にだって行ってみたのだけど……卒業者名簿には彼女の名前がなかったわ――久扇子のことだ、警察の特権というやつをフルに使って聞き込んだに違いない。それでも、静音という存在の裏が取れなかったということは……。
「おうっ、どうした」
画面いっぱいに広がるGINのサイトマスタービルの顔に、神居は考え事を中断させられた。
「しけた顔してやがるな」
大口を開けて、豪快に笑うその姿を、神居は忌々しく思いながら、小さく咳払いをした。
「ビル、もし僕に何かあった場合……勝也君のことを任せてもいいですか?」
「……神居?」
冗談じみたビルの顔が、強ばるのを見つめながら、神居はゆっくり瞳を閉じた。
「お願い出来ますか?」
瞳を開き、真っ直ぐ画面の向こうにいるビルを見つめると、少し低い声で念押しした。
「お前一体何をしようとしているんだ」
「あなたがよこした仕事ですよ?」
苦笑を浮かべると、困惑気味のビルに片目を瞑ってみせた。
「しかし……」
何かを言いかけようとしたビルを制すると、神居は瞬きすることもなくビルを見つめ返した。
「依頼を受けたからには徹底して探し出すつもりです。ただ、今回の件では、相当の覚悟が必要なようでしてね」
静音という謎の少女を探し、暁月市という未知の世界の謎を解く。それが今回の仕事。簡単なようでとてつもなく難しい仕事なのだ。
「勝也君はポーターとしても優秀ですし、僕の感が正しければ、僕と似た力を持っています」
「だから俺に託すのか?」
静かに神居の言葉を聞いていたビルが、いつになく真面目な声で聞き返した。
ビルの言葉に神居は頷くと、もう一度「お願いします」と告げた。
「それほど心配なら、お前が最後まで面倒みろ」
「だから、もしもの時は……」
が、ビルは画面の向こうで神居の言葉を遮るように、チチチと人差し指を左右に振った。
「何が何でも戻って来い。勝也を面倒見るのはお前の責任だ。だから、どんな手段を使っても戻って来い」
「……ビル」
「俺は、お前のもしもなんて言葉は聞きたくないからな」
そう言うと、ビルは片手をあげログオフした。
何も映さなくなった画面をしばらく見つめ、苦笑を浮かべると、神居も画面を元のそれに戻した。
「戻って来いだなんて、簡単に言ってくれますねえ」
ふと、視線を机の下に向ける。
銀色のアタッシュケースが鈍い光りを放っている。
前回のダイブでは使う必要がなかった。いや、使う以前に世界からはじき出されたという方が正しい。
今後、使う必要が出てくるかも知れない。
「使わないで済んでくれればいいが――」
アタッシュケースに向かって告げると、神居は椅子から立ち上がった。
「神居さぁん」
泣きべそをかきながら、勝也が隣の部屋から出てきた。
「どうしたのですか」
「出来ないっす」
手には銅線やらペンチやらが握られていた。
「ああ、そういえばお願いしていましたね」
先日神居は勝也に図面と道具を渡していたのだ。
「俺には無理っす」
「いいですよ、後は僕がやりますから」
苦笑を浮かべると、勝也から道具を受け取った。
「神居さん、これで何をするんですか?」
勝也の瞳には興味の色が濃く映し出されていた。そんな勝也を微笑ましく思いながら、神居は瞳を伏せた。
「それは秘密です」
「えー、教えてくれてもいいじゃないですか、ケチ」
「それより勝也君、そろそろ帰った方がいいんじゃないですか?」
神居は壁にかけられている時計に視線を向ける。
「あれ? クミねぇ達は?」
「とっくの昔に帰りましたよ」
「げっ、置いてけぼりかよぉ」
ヨヨヨと泣き崩れると、直ぐさま起き上がり、バタバタと帰り支度をし始めた。そんな勝也を見つめつつ、神居は「あっ」と小さく声を上げるとニコニコと笑みを浮かべた。
「勝也君、久扇子さん達に暁月市に入って行方不明になった人々のリストを作ってくださいと言っておいて下さいね。もちろん勝也君もお姉さんに協力してくださいよ」
「えっ」
勝也の嫌そうな顔に、神居は少し表情を曇らせる。
「何か不満でしたか?」
「いえ、いえ、めっそうもございません。ええ、はい。やらせて頂きます。クミねぇと仕事が出来るだなんて、ああ嬉しいなぁ」
勝也の空元気に、神居が苦笑したのはいうまでもない。
■――A.D.20XX トーキョー某所 商店街■
神居は昨日戻って来た場所にまた来ていた。
なぜ、自分の意志とは別にあの世界からはじき飛ばされ、気付けばここにいたのか理由は解らなかった。
しかし、戻って来た場所がここだということは、ここになんらかの理由が存在するのではないか、神居はそう考えていた。
人通りの少ない商店街のど真ん中で、神居は静かに瞳を閉じた。
そこにあるはずの自分の『余韻』を探しているのだ。
何もない真っ暗な空間の中に一筋の光りを見つけた。
「これか」
低く呟くと、その余韻をたぐり寄せた。
瞳を細めると、目の前に光りの筋が見える。
それが、自分が残したあちらとこちらを繋ぐ余韻の筋なのだ。
余韻を辿り、神居はあちら側へと行こうとした。
が、こちらとあちらの境界線で目に見えぬ壁によってはじき飛ばされたのだ。
余韻の筋は見える。が、どうしても通ることが出来ない。
突如、神居の脳が激しい頭痛を訴えた。
「つっ」
頭を押さえ、その場に膝をつく。
コレイジョウチカヅクナ
警告ともとれる声が響く。
チカヅクナ
再度同じ声が脳内を駆けめぐる。
奥歯を噛みしめると、両眼を見開き立ち上がった。
神居自身の意思の力で、脳内に侵入する何かを払いのけたのだ。
「暁月市に嫌われてしまったようですね」
自嘲気味に呟くと、大きく息を吐いた。
余韻を辿って暁月市に入れないとなると、別の方法を探さなくてはならない。
そう、どこかにあちらとこちらのを繋ぐ扉があるはずなのだ。実際静音が提示した情報の中にもそれがあった。
ただ、あの時聞いておけば今回のような状態になった時に、なんらかの対処が出来たのだが。
ぐるりと周囲を見回す。
寂れた商店街は、活気がなく、シャッターを下ろしている店も多い。
が、その空間に何か歪みがあるわけでもなく、至って普通である。
「この場所に……もしかしたら暁月市とこちら側を繋ぐ何かがあるとか……そんな簡単な訳ないですよね」
苦笑を浮かべると、空を仰いだ。
太陽の光が瞳を直撃する。慌てて手で影を作ると、瞳を細めた。
「!」
が、神居は目を見開くとある一角を凝視した。
商店の2階部分に看板がかけられている。
文字の消えかかった看板は、錆びて忘れ去られたようにひっそりとそこにあった。
「……アムネジア?」
辛うじて看板の文字を読みとると、神居は驚愕に震えた。
康三郎監督が残したメモの一文が脳裏を掠めた。
「朱色の花を見つけるがごとく。真実は目立ちすぎている……ね。確かに」
ニヤリと笑みと、唇を軽く舐めた。
あとがき
しばらく執筆から離れていたので、久しぶりに書いたら文章感覚が戻らず、四苦八苦しました。そして、中途半端なまま広川さんへお渡ししてしまい申し訳ないような……。
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◇執筆者HP本編リンク◇
■■第1話
■■第2話
■■第3話(HP閉鎖)
■■第4話
■■第5話
■■第6話(HP閉鎖)
■■第7話
前/
後