その店は、時計屋だった。いったいいつの創業なのか、木造二階建ての古びた外観に、通りに面したガラスのショーウィンドウ。そのガラスの向こうに、壁に掛けられた多くの時計と薄暗く小ぢんまりとした店内が伺える。瓦屋根の上には木枠にトタン板を張って作られたらしい灰色の看板。そこに、かすれた若草色の飾り罫に囲まれ、今は薄いベージュとも言える色になってしまった「アムネジア」の文字。その文字の下に、小さくかすかに残る「佐藤時計店」という店の名前。
神居は、黙ってそれを見つめていた。
アムネジア――記憶喪失症。
時計店の名前にしては少々変わっている。見た目はなんの変哲もない時計店。なのに店の大看板には「アムネジア」。
神居は、ベストのポケットから懐中時計を取り出した。今日はいつものスーツの下にベストを着ていた。それにはいろいろと彼なりの理由があるのだが、とりあえず今は時間が知りたかった。金のチェーンをつけた金の懐中時計は、午後二時を差していた。
これが夜中なら、丑三つ時というやつですか……。
そう考えながらベストのポケットに時計をしまい、チェーンを直した。そうしつつ、いまさら丑三つ時も暮れ六つもないものだと自分の考えに苦笑し、そして目の前のドアを開けた。
「ごめん、遅くなったわ」
勢いよくドアが開き、息を弾ませた久扇子が入ってきた。
「クミちゃん、おつかれ。だいじょぶ? 勤務無理してるんじゃない?」
「ありがと。別にこれしきのことなんでもないわよ。警官ってのは一に体力二に体力」
言いながらテーブルの上にショルダーバッグを置き、ソファーにどっかりと座り込む。
「三、四がなくて五に食欲だもんなー」
「なんだって?」
どれだけ疲れていてもそういう台詞は聞き逃さないのが久扇子らしい。勝也の小声にじろりと一瞥をくれ、姉の視線に恐れをなした弟に、お茶入れてと言いつけた。
「おつかれさまでした、久扇子さん。大きな事件がないだけありがたいですね」
にっこりそう言った神居に、久扇子は大きなため息をつく。
「そうなのよ。だから私もデータ収集できたりするわけで。先輩の目をいかにかいくぐるかってのがいまんとこの課題だけどねー」
「おなかがすいたでしょう。残しておきましたよ、久扇子さんの分」
「あ、ごはん!」
「今日はから揚げでしたー。おいしかったよ、クミちゃん」
「うわー、いただきまーす!」
午後八時。運ばれた食事を嬉しそうにパクつく久扇子を入れて、やっと本日の結果報告会となった。
「夕方、勝也くんから記事の話をもらって、正直驚きました。いったいなにがどこでつながっているかわかりませんね、今回は」
大きな湯飲みにたっぷりの緑茶をのみながら、神居がため息混じりにそう言った。
「収穫でかかったっすね、今日は。なんか一気に解決ムードだったり?」
「なわけないでしょ、莫迦ね。問題はあの暁月市ってのがなんなのか、いなくなったひととちがどこにいるのかなのよ。あ、塩とって」
「……どーぞ」
ややひきつる勝也が差し出した塩をサラダにかけながら、久扇子が続ける。
「その、山南さんの婚約者ってひとだけど、そのひともわかんないんでしょ? 瑞穂」
「うん。能勢くんに聞いたかぎりじゃ、なんか事故の少し前に行方不明になったらしくてね。結構大きなおうちのお嬢さまらしいんだけど、体裁とか考えて公にはしてなかったみたい。けどねえ、やっぱ婚約者にはそういうの黙っとくわけいかないでしょ? だから山南さんも必死で捜してたらしいんだけど……そのうちあの事故で」
「そのお嬢さまってのが、時計屋さんの娘さん……なんですか? 神居さん」
三人が、神居に目を向けた。
神居はしばらく考えるように黙っていたが、やがて慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「――断定は、できません。本当のことは本人しか知らないのですから。今の段階では確定はできませんよ」
「ねえ、もう一回きちんと整理しましょ? なんか複雑すぎるわ、これ」
お茶を飲みつつそう言った久扇子に、神居はゆっくりとうなづいた。
「では……わかったことをまとめましょうか」
それを受けて、今日一日の全員の行動と調査結果をまとめると、と、勝也がメモ帳を読み上げだした。
「『神居さんは暁月市に嫌われている。』」
とたんに、久扇子と瑞穂がぷっと吹き出した。
「……いきなりそーきますか、勝也くん……」
がっくりとテーブルに突っ伏した神居に、勝也は苦笑して。
「だって。これがはじまりっすから。やめときますか?」
「……いえ、続けてください……」
「じゃあ。『都市伝説「暁月市」の発祥は、今から約十年ほど前ということが判明』、『商店街の佐藤時計店に「アムネジア」という看板がかかっているが、これは以前喫茶店だった名残。』、『佐藤時計店の娘はしずね。幼い頃に養女に出されたが、行方不明になっている。』、『十年ほど前にバス事故にあった山南市郎さんが行方不明になっている。』、『山南さんが事故にあう少し前、彼の婚約者だった
秋月静音さんが行方不明になっている。』、そして、『佐藤しずねさんが養女に出された家の名は、秋月家。』」
勝也はそこまで読み上げると、一旦言葉を切った。
「こうして聞いてるとー、間違いなく同一人物だよねえ、そのしずねさんってひとと秋月静音ってひと」
瑞穂が、テーブルの端にのせてあったビスケットの箱を掴んで口を切りながらそう言った。
「おまけにしずねさんも秋月って家に養女に行ったんでしょ? だったらビンゴじゃないの?」
瑞穂が封を切ったビスケットの箱に手を突っ込んで、久扇子が言う。
「並べるとー……しずねさんが秋月さんちに養女に行って、秋月さんちと山南さんちはお知り合いで、双方大きなおうちだからお互いの娘、息子を婚約させようってことでそうなって、けどしずねさんがどういうわけだか行方不明になり、山南さんも事故で行方がわからなくなり、現在に至る、と。とゆーことはー、行方不明になったふたりはなんらかの理由で暁月市に入り込んじゃって、そんでそこでさまよってるってことじゃないの? だから、行方不明のしずねさんイコール暁月市にいる静音さん、とかー」
勝也メモの内容を順番に並べると、瑞穂はビスケットを一枚、口に放り込んだ。
「でも、それじゃわかんなくなるとこがあるじゃないっすか。暁月市の静音さんって、検索したかぎりじゃひとり暮らししてて、大学にも行ってますよね? このへんってどーなるんすか?」
それぞれの湯飲みに新しい緑茶を入れながら、勝也が疑問を提示する。
「その時計屋のお嬢さんのしずねさんは、大学へ行ってたんすか? 神居さん」
「――行っていたというとウソになりますし、行かなかったといってもウソになりますね……」
神居の、わかったようなわからないような答えに、勝也の表情にはますます疑問符が張り付いていく。
「だってだってえ、大学の卒業名簿には名前はなかった……あ!」
「瑞穂さん、冴えてますね。たぶんそうでしょう」
「クミちゃん! 私たち「
静音」っていう名前でしか捜してなかったよねっ?」
瑞穂が久扇子のほうに向き直ってそう叫ぶ。
「……しずね?」
「そうよっ!
静音さんがしずねさんだとしたら!
静音って名前で載ってるわけないのよ、卒業者名簿に!」
「そっかー。じゃあ、ひとり暮らしのほうはどうなるんすか?」
ひとつ疑問が解けてほっとしたかのように、勝也が続ける。
「偽装工作、かもね」
ビスケットの箱を手元に引き寄せ、久扇子が言った。
「いいとこのお嬢さまよ? それを彼女自身隠したがっていたとしたら? まあこれは仮定だからあってるとは思えないけど、あらゆる可能性を考えるとまあありかなってやつね。クラスメイトには田舎から上京してきてひとり暮らしと話しているけど、実際は豪邸から通っていた」
ココア味とミルク味を二枚いっしょに箱から取り出し、まずココアをほおばる。
「でもクミねえ、それにしたってなんでそんなことする必要があるわけ?」
「それはあ、たとえば誘拐防止とかあ、社会勉強とかあ」
「み、瑞穂さん、友達ごまかすのが社会勉強って……それはちょっとないっすよ」
無言で差し出された瑞穂の湯飲みにお茶を継ぎ足しながら、勝也が苦笑する。
「そおじゃなきゃ、データ自体がガセってことじゃないのお? そのへんどうよ、警視庁警察官」
ミルク味のビスケットをかじりながら、久扇子が答える。
「――否定はできないわね。だいたい失踪者の捜索なんか毎日どれだけあると思ってるの? 記録には残るけど、記載事項に厳しくなったのは最近の話だしね。古いデータなんか、適当にでっちあげてるものもあるかもしれないわ」
「ちょっとちょっとクミねえ、いいのかよ、現役警察官がそんなこと言って」
「だって。もし、よ? 時計屋のしずねさんと、山南さんの婚約者の
静音さんが同一人物で、おまけにそれが暁月市の
静音さんとも同じ人間なら。ひとり暮らしで大学へ通っていたなんて、そんなデータ残るわけないじゃない。いいとこのお嬢さまを捜索するなら、捜索人データなんてもんじゃすまないわ。たぶん、上のほうまで人が動いて、データなんか残さず秘密裏に行われる。公務員は権力に弱いもんよ」
「そ、それじゃあ。山南さんとこと秋月さんとこが捜してた事実があるなら……あー、データには残らないわけかあ? 山南さんちとかってどんな家なんだよ」
「ばっかねー、勝也。あんた、大事な証人の存在を忘れてるわよ」
ビスケットを噛み砕き、お茶を飲みながら久扇子は笑った。
「なんだよそれ」
「だから、現役ってのは強いと思うのよね、私」
なんだか意味深なことを言いつつソファーを立った久扇子は、ゆっくりと神居の背後に回って、その肩に手をかけた。
「…………久扇子さん……勘弁してくださいよ、僕は無実です」
「誰もあなたが犯人だなんていってないわ。自分で自分の首絞めてどうするのよ」
「なら、僕を使って遊ばないでください……」
「真実をしってるんだろう? 吐いちまえばすっきりするぞ?」
「なんですか、それはっ!」
「お上にもお慈悲があるって言ってるのさ。獄門台は苦しいぜ?」
「………………昨日の時代劇はそういうシーンがあったんですね……」
「――ちっ、読まれたか」
「読まれたかじゃないでしょ、読まれたかじゃ! お願いしますからドラマと現実をごっちゃにして僕で遊ばないでください……」
「でもお」
再びがっくりとテーブルに突っ伏した神居に、今度は瑞穂の声がかかった。
「考えてみたら神居さん、関係者じゃないですかあ、山南さん失踪事件の。だって現場にいたんだし。よおく知ってるはずですよね? クミちゃんの言ってること、一理あるわ」
「あ。それはそーなんすよ。事実のまとめの最後、『神居さんは、山南さんといっしょに事故にあって軽傷を負っている。』」
申し合わせたように黙った三人に、やがて神居はテーブルに張り付いたまま大きなため息をついた。
「……わかりました、僕の負けです……」
久扇子はその場でガッツポーズをし、瑞穂は拍手し、そして勝也は、苦笑しつつキッチンへと向かった。
* * *
山南市郎は、
神居稜にとって先輩にあたる。年齢的には八つほど離れているので、同じ時期に同じ学生としておなじ校内にいることはなかったが。格闘技から科学技術まで聞けばなんでも答えてくれた温和でしっかり者の先輩――なのに、あんな事故に巻き込まれるとは思っていなかった。しかも行方不明。山南ひとりだけが、バスのなかから姿を消していた。衝撃で外に飛ばされたのかと周囲を広範囲に捜索したが、彼に繋がる手がかりはなにひとつでなかった。
真実は、数多の虚構からその姿を覗かせる。
これは山南の持論だ。さまざまなシーンで、この言葉を聞いた。
だから。彼が行方不明になったとき、稜は思った。
今そこにいたそのひとが、跡形もなく消えるわけがない。いたのだから必ず痕跡がある。多くのものに邪魔されて、本当が見えなくなっているだけだ――。
怪我が回復してから、山南のことを調べはじめた。彼がいったいどういう人間であったのか、を。なにを考え、なにを思い、なにをしたかったのか、そんなことを。
けれど。
本当に、見事と言っていいほど、なにもでなかった。
なにをどう調べても、稜が知っている山南以外はいない。考え方、ものの見方、判断の仕方、嗜好や趣味、日常の行動など、それらすべてはすでに稜が知っている頼もしい先輩のもので、意外な面などまったくでなかったのだ。
あのひとは、いつだって本音でいつだって自然でいつだって自分だったんだな……。
それを確認して嬉しかった反面、手がかりが皆無という事実を突きつけられて落ち込みもした。
自分の日常をこなしつつ、山南を追う毎日。
ただあのひとこと、「真実は、数多の虚構からその姿を覗かせる」――この言葉だけを手がかりにして。
そうして。
いつしか稜は、一流と言われるプロのサーチャーになっていた。通り名は「
神居」。山南が親しみを込めて呼んでくれていた稜の愛称。もし彼がこの名に気付いてくれれば――そう思い、真実を探し続けた。
* * *
「……それで?」
「おわりです。僕は未だに彼に関してなにも見つけ出せない。ただ、今度の依頼にはなぜか彼が関連してきた。そこからなにかわかればいいんですが」
勝也が黙ってキッチンへと立った。
久扇子はちらかったビスケットの粉をきれいに片付け、瑞穂はそれぞれの湯飲みを定位置に置きなおした。
新しいお茶を入れて戻ってきた勝也は、それぞれの湯飲みにそれを注ぎ分けた。
「もう遅いですから、まとめなおしましょう」
神居は、ベストのポケットから金の懐中時計を取り出し、時間を確かめそう言った。
「私は」
久扇子が湯飲みを手に宙の一点を見つめて口を開いた。
「暁月市の
静音さんと、秋月――佐藤しずね、このふたりは同一人物だと思う。裏づけをとるわ」
「それじゃあ」
瑞穂が湯飲みを手にし、ふーふー息をかけて冷ましながらそれに続ける。
「私は彼女が出たって大学をもう一度みてみよっかなあ。「シオン」という名前で見つけられないから「しずね」で捜してみる。なにかひっかかると思うんだあ」
「それじゃ俺は」
テーブルの上に布巾をすべらせながら、勝也。
「山南さんと
静音さんの関係をもうちょい調べてみましょっか。勘ですけどね、
静音っていうその女性……そのひとのことがわかったら、暁月市の謎は解けるような気がするんっすよ」
三人の意見を黙って聞いていた神居は、やがてゆっくりと顔を上げた。
「おそらく――佐藤しずね……彼女が秋月
静音で、暁月市で漂っている
静音と同一人物と考えて間違いないでしょう。僕も、こちらの世界の裏づけをもう少しとってみようと思います。都市伝説である暁月市という街に気を取られすぎてはいけない気がしますから。すべてのものに、裏と表があります。こちらの世界の裏のようなあの都市のことは、こちらの謎を解けば自然と全容を現すかもしれませんね」
その神居の言葉に、久扇子、瑞穂、勝也が、三人三様賛同を示した。
翌日の行動予定をチェックしなおし、久扇子と瑞穂、勝也は神居の自宅をあとにした。時計は午後十一時近くを指していた。
「神居さんっ、ちゃんと寝てくださいよねっ。俺、明日の朝寄りますからっ」
通りに出てから、勝也がそう叫んだ。玄関で三人を見送っていた神居は、にっこりと笑顔でそれに応えた。
神居が玄関のドアを閉めるのを確認し、三人は表通りへと歩き出した。今日はなんだかいろいろなことがありすぎて、頭が少し重い気がしていた。
「それにしてもさあ……」
歩きながら、久扇子がぼんやりと口を開いた。
「なに?」
「そうだったんだねえ……思いもよらなかったけど」
「だからなによ、クミちゃん」
となりを歩きながら、瑞穂が久扇子の顔を覗き込んで尋ねる。
「なにが驚いたって…………神居くんて…………かみい、りょう、って言うんだ、本名。知らなかったあ……」
「…………」
そこかいっ!!
勝也は心の中で思いっきりツッコミをいれていたが、それは口に出さずにふたりの三歩うしろを黙って歩いた。
紺色のビロード地のような空にクリーム色の月がぽっかりと浮かんで、三人を先導していた。
頭の上で、なにかがけたたましく騒いでいた。
神居はそれを止めようと右手を伸ばしてあたりを探ったが、手にはなにも触れない。
しかし、あいかわらずなにかがわいわい騒ぎ立てていた。
寝ぼけているのかもしれない――そう思い、神居は着ているはずの布団をさらに深く手繰り寄せた。
が。
『神居さんっ! 勝也ですっ! 電話にでてくださいってば!』
「………………」
寝ぼけているわけではなく、どうやら現実だったらしい。枕元においた携帯電話に、勝也からの着信音。彼からの電話には、彼の声で「電話だから出ろ」というメッセージを言い続けるように着信設定している。仕事で連携を組んでいる彼からの連絡は、イヤでもでなければならないようにわざとそう仕向けているのだ。
神居はもぞもぞと布団に腹ばいになると、のろのろと携帯電話の通話ボタンを押した。
「……はい、おはよう」
『やっと出た! 起きてください神居さんっ、大変なんですっ!』
これまた枕元においている懐中時計を見る。午前七時。神居にしてはのんびりした朝になったが、昨夜もなんだかんだと寝たのは結局四時ごろだった。たまにのんびりしていても許されるのではといういいわけが一瞬浮かんだが、それでも勝也の声に応える。
「どうしました? 君はちゃんと寝たんですか?」
『寝ましたっ……って、そんな場合じゃないんですってばっ! クミねえがっ』
その単語で、瞬時に神居の頭が覚醒した。ばっと布団に起き上がると、しっかりと電話を持ち直す。
「久扇子さんがどうしました」
『早番で夜中のうちに署に出かけたんですけど、さっき連絡がきてっ』
「落ち着きなさい、勝也くん。久扇子さんになにかあったんじゃないんですね?」
『え? あ、そうじゃないっす。あの、えっと』
「よかった……。それで、どうしたんです?」
『あのっ、みつかったんですっ』
「なにが?」
『あのひとですよっ、えっとっ……』
混乱しているのか、勝也らしくなく言いたい単語がでてこなくていらついているのが手に取るようにわかった。
「あのひと? 僕たちが捜しているというと、いまのところ暁月市に行ったらしい行方不明のみなさんと、それを捜しに出たうちのサーチャーたち、それから山南さんと」
『そうっ!
静音さんですっ!!』
神居の心臓が、ひとつ、大きな音をたてた。
一度ゆっくりと呼吸をすると、落ち着いた声で勝也に尋ねた。
「……それは……佐藤しずねさんですか? それとも、秋月静音さんですか?」
『わかんないんっすよ、それが』
「わからない?」
『どっかの病院施設がどうのって言ってましたけど、とにかく、クミねえから詳細メールが神居さんとこに届いてるはずです。俺も、なんでもいいからすぐ電話して知らせろって言われただけで、詳細は聞いてないんっすよ。いまからそっち向かいますが、だいじょぶですか?』
「ええ。だいじょうぶです。それより君、学校は?」
『今日土曜なんっすけど、それって忘れてますね、神居さんは』
「……あー……土曜日。そうでしたか。わかりました」
『十五分くらいで着きますから。じゃ!』
手の中に残った発信音をいくつか聞いて、神居は携帯電話を置いた。
静音。
彼女が見つかったというのは――だとしたら、暁月市にいる
静音はどうなっているのか。あの
静音がこちらの世界に帰ってきたというのか、それとも……。
とりあえず顔を洗おうと、神居はパジャマ姿のままで洗面台に向かい――途中、本棚にしているカラーボックスの上に置いた桜色の包みに目が行った。
そっと手に取る。
佐藤時計店の老主人が、丁寧に包んでくれた銀の腕時計。
別れ際、神居の手を両手で握った主人に、どうかその時計をしたお嬢さんとまたいっしょにここに来てくれと頭を下げられた。
養女に出された佐藤しずね。
婚約者がありながら行方不明になった秋月
静音。
暁月市の傍観者、
静音。
「真実は……数多の虚構からその姿を覗かせる……」
神居は手にした桜色の包みを、カラーボックスの上に戻した。
そして――静かに、微笑んだ。
「……受けてたちましょう、真実はいつもひとつなのですから――」