■Urban legend −夜明けの街−■
第7話前編
「真実は数多の虚構からその姿を覗かせる《前編》」 ■担当:南雲遊火■
■――A.D. 20XX Unknown 暁月市……?■
勝也は呆然と、立ち尽くしていた。あれほど止まる事を恐れていたはずなのに、何故、そう思っていたのかさえ、今ではもう、よくわからない。
ここは、どこだ?
暁月市……なのか?
しかしそれは、神居から聞いて、自分が想像していた街とは、かなり違っているように思えた。
見上げた空は白く、自分を囲むように、灰色のビルが立ち並ぶ。人の気配はまるでなく、静かで、自分だけがただ独り、ぽつんと、その場に立ちつくしていた。
朝なのか昼なのか……具体的な時間はよくわからない。うっとおしいほどぶあつい雲が、空中をおおっていた。もっとも、雨が降っていないだけ、マシかもしれなかったが。
広がる灰色のコンクリートジャングルは、数秒ごとに高さを変え、色を変え、姿を変える。
まるで……メリーゴーランドのようだ……と、勝也はふと、そう思った。
自分が暁月市に来てしまったのは、多分、間違いないだろうと思う。となると……。
「神居さん、心配してるだろうなぁ……。」
自分がどれだけこの場いるのか、よくわからない。つい先ほどのような気がするが、人それぞれ違う次元を持ち、感じる時間感覚は人それぞれとのこと。……もしかしたら、もう何時間もその場に突っ立っているのかもしれない。
一瞬、久扇子が本気で、本当に怒った時にだけ見せる、怒気を含んだ満面の笑顔を思い出し、思わず勝也はぶんぶんと首をふった。
早く、帰らなければ……。
と、そこで勝也は気がついた。自分の余韻と思われる、このあたりで一番強い余韻が、次第に、かなりの速度で薄れてきている事に。
いや、語弊があったかもしれない。余韻自体はちゃんとある。こちらとあちらを繋ぐよう、ちゃんとのこっている。そこはわかる。
しかし、まるで、カビが食べ物を侵食するかのごとく、何かが、余韻を意図的に、薄めている感じがするのだ。
それがなんなのか、勝也には解らない。しかし、余韻が消えてしまっては帰れない。これだけは理解できた。
自分の余韻を手繰り寄せる……やり方など知らない。しかし、神居がやっていた事を、見様見真似で無理矢理に、余韻の断片をつかみ、自分の方へ引き寄せた。しかし、その瞬間、言い様のない圧迫感と頭痛、吐き気を憶え、思わず座り込む。それは、あの時の車酔いどころの比ではない。
勝也はしばらくの間、しゃがみこんでいたが、よろよろと立ち上がり、そして、ふらつきながら、近くにたつ街路樹に寄りかかった。
神居は『はじかれた』と言っていた。しかし、これはまるで……。
「閉じ込め……られた?」
ぐるぐるまわる勝也の視界に、不思議な紋様の幹が目に入る。プラタナス。街路樹としてさほど珍しくはないこの木を、久扇子が「気持ちが悪いから嫌い」と言っていた事を、何故か一瞬、勝也は思い出した。
もっとも、自分はそんなに、この木が嫌いではない。むしろ、一つ一つが一様でないその紋様が、結構好きだったりする。
くるり……と向きを変え、プラタナスの幹に勝也はもたれかかった。目を瞑り、大きく二、三度、深く息を吸い、そしてゆっくりと吐く。
そっと、目を見開くと、目の前に知らない、少女の顔があった。それも、鼻先5cm先という、超ドアップで。
「わッ……。」
思わず勝也はしりもちをついた。十歳前後と思われるその少女は、座り込んだ勝也を見下ろし、無邪気に笑う。まるでイタズラが成功し、喜んでいるかのように。
「……誰?……君。」
「あら、私を捜していたんじゃなくて?あなたたちは。」
俺が……捜していた……ということは……。
「静音(シオン)……さん?」
ばっと、勝也は立ち上がって、目の前の少女を凝視した。たしかに、その顔は病院で会ったシオンと名乗るあの女性に、どことなく面影がある。しかし、身長体型その他身体的特徴は十歳前後……どこをどう頑張っても、十五には満たないであろう。明らかに年齢が合わない。
「……その答えじゃ、マルはあげられないわね。」
いぶかしげに眉をひそめる勝也に、少女はにっこりと微笑んで言った。
「私はシオン。秋月静音(しずね)を形成する、SHIONの一人。」
貴方を呼んだのは、この私よ。少女は年齢異常に大人びて見える、不敵な笑みをこぼした。
その笑顔は艶っぽくて美しく、とても綺麗で……そしてどこか恐ろしいと、勝也は感じた。
■――A.D. 20XX Unknown■
「神居、貴方は……ここを、壊すの?」
か細く呟いた静音を、市郎は黙って抱き締めた。
「市……郎?」
「大丈夫、そんなことは、させやしないさ……。」
不安そうな静音を安心させるよう、やさしく、慈愛に満ちた表情で、市郎は微笑んだ。そしてもう一度、そっと、彼女を抱き締める。
「俺は、君を、守るよ。……ずっと。この自分の、全身全霊をかけて。」
……ソウ、ナニガアッテモ……ドンナテヲ、ツカッテモ。
■――A.D.20XX トーキョ−某所 倉庫街■
熊のように部屋の真ん中を行ったり来たりする久扇子に、瑞穂は苦笑を浮かべた。
神居との電話では、なんだかんだ言って気丈なフリをしていても、結局、弟の事が心配で心配でたまらないらしい。
ちなみに、帰宅したはずの二人が再び倉庫街にやってきたのは、瑞穂の提案によるものである。
「なによ。」
瑞穂の視線が気になったのか、久扇子がジロッと睨んだ。
「いや、仲いいな〜っと思ってさ。幸せ者ね。勝也君。」
そうかしら……と、久扇子は瑞穂をジト目で睨む。
「それにしても、あんた……大丈夫?また捜索願いだされるんじゃないの?」
「大丈夫よ。ちゃんと今日は外泊許可、とってきたし。それに、言い出しっぺは私だもの。」
万事、ぬかりはなくてよ。瑞穂はにっこりと微笑んだ。久扇子はそんな彼女に、さいですか……と、溜め息まじりで言葉を返す。
「それに、真っ暗な部屋に帰るより、明るい部屋で出迎えてくれる相手がいる事って、やっぱり嬉しいことじゃないかしら。」
瑞穂の言葉に、一瞬久扇子は驚き……そして、それもそうね……と、微笑んだ。
「……ありがとう。」
「どういたしまして。」
■――A.D. 20XX 暁月市■
えぇっと……つまり……。
「ここは精神だけの世界ということ?」
少女……シオンを背負い、勝也はブレードで駆け抜ける。シオンは進行方向を指示し、彼を召喚した経緯を話す。
今のところ、車通りがないので、勝也は気にする必要無く車道を駆けることができた。たまに突然あらわれる、歩行者天国よろしくな人込みにぶつかりそうにはなるのだが、今のところ、なんとか転ぶことなく、進むことができている。
「と、ゆーことは幽霊なのか?オレ。……てゆーか、肉体は……イテッ。」
ぽかり……と、後頭部をグ−で殴られ、勝也はバランスを取りそこなり、よろけた。が、なんとかセーフ。
「危ないわね。」
お前が殴るからだ……と、勝也は言いたかったが、少女が話し始めたので、拳を震わす程度に止めた。
「質問は一度に一つずつ!肉体の事なんだけど……トーキョーから暁月市に入った時点で、精神を基に、肉体はその場……各々の持ち合わせる次元に見合った量子に変換されるの。どういう理屈でそうなるのかは、私も知らないわ。」
「シオン、君は何者?」
「さっきも言ったでしょう。秋月静音(しずね)を形成する、SHIONの一人だって。」
いや、その意味がわからないんだけど……と、勝也が言うと、しょうがないわね……と、少女は溜め息を吐く。
「秋月静音(しずね)は……MPDよ。……多重人格症と言ったほうがわかりやすいかしら。」
その言葉、嫌いなんだけど。少女は苦虫を噛み潰したような表情で言う。いや、正確に言うと、勝也の顔の位置から彼女の顔は見えないのだが、多分、そんな表情をしているだろうと思われる。
多重人格症については、勝也も多少は知っていた。もっとも、聞いたことがある程度の、うろ覚えの知識だが。
彼女曰く、秋月静音には、主人核の静音(しずね)の他に、少なくとも四人の人格があるらしい。
静音の内にいる四人の名前は、C-ON、シオン、しおん、そして……静音(シオン)。
今のところ、秋月静音が多重人格症である……という記録と報告はない。もっとも、もしかしたら今頃は、自分以外の誰かの耳に、新しい情報として入っているかもしれないが。
秋月の養子に出されたことと、何か関係があるのか……。勝也は思ったが、とりあえず今は、広く浅く情報を得ようと、話題を別のものに切り替える。
「何故、俺を呼んだ?」
「あなたは……あなたと神居は持っていたから。誰にも……彼ですら完全に飲み込み、支配することのできない、強い精神。そして、いくつもの次元を他人と共有できる、力を……。」
もっとも、神居は彼に疎まれ、はじかれてしまったけれど。少女の言葉に、勝也は眉をひそめた。
彼とは……まさか……。
「山南……市郎?」
御名答。少女はよくできました……と、勝也の頭を撫でた。
「やっぱり彼は、ここにいるのか?」
「いるもなにも、今の暁月市を造ったのは、彼だもの。」
それは、違う意味で勝也には衝撃を与えた。
造った……?一人の人間が、この、町を……。
「あぁ、最初から……無から造られたわけではないわ。」
少女はぎゅっと、勝也の肩に置く手に、力を込めた。多分無意識だろうが、意外と、結構強い。
「元となるものは別にあったの。暁月市と呼ばれる、基盤となる世界は。」
そこは天国と呼ばれる場所だったのかもしれないし、まったく別のものだったのかもしれない。
「でも、今は違う……。」
「違う……?何が?」
少女は一瞬、息を飲んだが……そのまま一度その息を吐くと、もう一度息を吸い、口を開いた。
「ここは、一度、造り直されたのよ。そう……もう何年も前になるけど、彼の手によって、自らの望みにかなう、都合の良い世界に。行方不明者が多発し、都市伝説……『都市幽霊』暁月市が誕生したのは、彼のせいなの。彼が、SHIONの精神を使って……。」
「ちょっと待って。SHIONって……君たちの事だろ?」
「……こういった世界を構築し、維持し続けるためには、近しい存在の、複数の管理者が必要よ。」
そういった点では、私たちSHIONはうってつけだったわ。異なる次元の複数の精神を持つ、一人の人間なのだから……。
「暁月市は精神世界。トーキョーでの肉体は一つでも、こちら側ではそれぞれが、それぞれの持つ次元の中で、相応しい一つの身体を所持できる。もっとも、動ける範囲はかぎられているけれど。」
かぎられた次元の中でのみ……。勝也の言葉に、シオンはこくり……と、うなずいた。
彼女の言うことが本当ならば、彼女たちはそれぞれ別の次元を持っている……と言うことだ。それぞれ、会うことはできないのであろう。
「彼は……山南市郎は、何を望んでいる?」
「永久の幸せ。愛する人のそばに、永遠にいること。」
愛する人……それは、秋月静音のことだろうか?実に単純で、わかりやすい望みだと、勝也は思った。
「シオン。君は、何をしたい?いや……何を、望んでいる?」
彼女の望むもの……それはきっと、勝也を召喚した理由……。
少女は静かに、微笑みながら口を開く。
「私が望むもの……束縛からの開放、自由、そして……。」
暁月市の、破壊よ。
■――A.D. 20XX アキルノ市 病院 病室■
少女は眠っていた。
彼女がどんな夢を見ているのか、それは誰にもわからない。
時々、何かを呟くように、寝言を言っているが、周りに人の姿はなく、それを聞いたものは、誰もいない。
ただ、静かに、確実に、夜はふけていった。
■――A.D. 20XX 暁月市■
一体どこを、目指しているのか……勝也はシオンに問う。
シオンは行けばわかる……と、相変わらず淡々と指示を続けた。
「聞いていいかな……。山南市郎って、どんなヤツなの?」
「……他のSHIONはどうかは知らない。でも、私は、彼、大ッ嫌い。」
シオンは続ける。
「わがままで独占欲が強くて……そのくせ、猫かぶりで誰にでも優しいフリをする。」
彼女がそう言ったまさにそのとき、突然、上空から、はらり……と、紙が降ってきた。
「……このへんね。この紙、どこから降ってきたか、わかるかしら?」
勝也はいぶかしんで、上空を見上げた。灰色の雲は相変わらずで、立ち並ぶビルも町並みも、先ほどの場所と、風景もほとんど変わらない。
が、一瞬違和感を覚えた。そのなかで、勝也はぐるぐる変わる周りのビルの中で一つ、まったく外観を変えない白い建物を見つける。
そのビルの、開いた窓から、この紙は降ってきたと、勝也は感じた。
シオンは満足そうにうなずくと、彼の背中を押した。
「行って。『ライター』が待ってるわ。」
「ライター?」
「名前はC-ON。少しニュアンスは違うけど、SHIONの行動をまとめる責任者……ってところかしら。」
C-ON……と、シオンは空に指をすべらせ、文字をかいた。まるでSF映画のロボットか何かの名前のようだ……と、勝也は思い、思わず顔をほころばせる。
「君は……いかないの?」
「言ったでしょ?次元が異なる者とは会えないって。私と彼女は元は一人の人間。一番近くて、でも、決して出会う事のない、遠い存在なのよ。」
シオンはそう言うと何かを言いかけ……そして首を横にふった。
「なんでもないわ。……彼女によろしく言っておいてくれない?そして、ありがとう……って。」
シオンの微笑みに、勝也は何故か、ほっと、安心した。そんな彼の表情に、ふと、シオンが眉をひそめた。
「……何?」
「いや、ちゃんと可愛く笑えるじゃん……って、思ってさ。」
シオンは思わず赤面し、そして怒鳴った。
「そんな事はいいから、早く、C-ONにあってきなさいッ!」
彼女が照れているのは、明白である。向き合う二人を急かすように、上空から、はらはらと、紙が舞った。
■――A.D. 20XX 暁月市 某ビルの中■
紙から伝わる余韻を頼りに、勝也はひとり、ビルの階段を登った。
階段は一本道で、外観から見ると一応、二階や三階にも部屋らしきものはあるのだが、おかしな事に、階段に繋がる廊下がなかった。
おまけに四階分の階段を上がったところで、突然、一枚のドアが、階段を塞いでいる。
勝也がそのドアを蹴破ると、そこは部屋になっており、二人の老婦人が、ゆったりと椅子に座っていた。
「なんだい、失礼な子だねぇ。」
「す……すみません。まさか、こんな急に部屋があるなんて……。」
クスクスと、老婦人の一人が笑った。
「『真実は数多の虚構からその姿を覗かせる』……って、あんたの師の言葉だろう。裏を返せば、『目の前にあるものすべてが真実とはかぎらない』と、言ってるものじゃないか。」
「まぁまぁ、絹江。そのへんでおよしよ。」
もう片方が立ち上がり、杖をつきながら、勝也の前まで歩いてきた。まじまじと彼の顔を見つめ、そしてにっこりと微笑む。
「
私は、元気な子は好きだよ。絹江。」
絹江と呼ばれた老女は、まだ何か言いたそうな表情を浮かべていたが、フンッとそっぽを向き、頬を膨らませた。
どうやら、主導権は彼女が握っているらしい。
「よく来たね。勝也君。」
「俺の名前……。」
名乗ってもいないのに……眉をひそめる勝也に、老女は優しく微笑む。
「私がC-ONだ。SHIONを統括する『ライター』。……と同時に、暁月市の情報すべてを統括する者でもある。」
老女は右手でつまんだ紙を、ひらひらと勝也に見せ、そしていたずらをした子どものように、にっこりと笑う。
紙には勝也のプロフィールが、履歴書のように……御丁寧に写真付きで書かれていた。
C-ONは改めてまじまじと、勝也のプロフィールを見、そしておや……と、呟いた。
「あちらで、『しおん』に会ったのかい?」
「しおん?」
ふと、勝也の脳裏に、あの病院で無邪気に微笑む彼女の表情が、頭によぎった。
「そう。SHIONの一人で、あの男の第二の被害者。」
「第二?……そもそも、被害者って……。」
どう言う事だ?
勝也の疑問に答えるよう、老女C-ONは、静かに、口を開いた。
あとがき
どっひゃぁ……ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい(ひたすら平謝り)。
お待たせいたしました。最終話前編、ようやくupです。
あぁッΣ(==;石投げないでッ(ぉい。
まったく書いた事の無いジャンル+東京に行った事の無い田舎者なので、皆様の話に頭がついてゆかず、テレビの中を思い出しつつ(新宿ってどんなだっけ?とか……)、何度も何度も繰り替えし読み直しました。
体調が悪かった事もあるのですが、ちょっとここの所リアルでバタついてまして、最後の方に回してもらったにもかかわらず、次から次へと用事が溜まり……。
しかしながらコレ以上お待たせするのもさすがにどうかと思い、苦肉の策として前後編わける事にしました。
一応文章としてはもう少し先まで書いているので、六月中には後編、upできるかと思われます。
もう少し待って下さい。ゴメンナサイです。
追伸:ここにきてキャラクター増やすなとのツッコミの皆様、ごもっともでございますorz。
追伸その2:やべぇ……神居出てねぇッ(==;
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◇執筆者HP本編リンク◇
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