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時 の 守 人
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■ RRN1  時 の 守 人 ■

■第5章 敵■  ■■担当:高島ほづみ■■

◆Levl.1「炎」
 一歩踏み出したとたん。
 百花繚乱というのか、カラフルなノイズというのか…功太は目に飛び込んできた色の氾濫に、おもわず手をかざした。ドームが開くというよりは時空が開いたようだった。組み上げた二千ピースのパズルを、ばらばらに壊したらきっとこんな色彩になる――功太はそれの印象を、こんなふうに受け取った。
 色彩は光度を増して、どんどん「白い光」へ…それは母の言葉、「リベルテ」の呪文を唱えるときに思い浮かべる光のようだ…へと変わっていき、しまいには目を開けていることができないほどまぶしい光に包まれた。
 目が痛い…。
 光の奔流はおさまったようだけれど、目が慣れないうちは、周りがどんな景色なのか確認できない。
「ニュイっ! ホワイトっ!」
 二人の名を呼びながら、一歩踏み出したとき、
「危ないっ!!」
 髪の毛をひっぱられて、おどろいて後ろにこけてしまった。
「なにするんだよニュイっ」
「なにしてんのはマスター、あなたよ!」
 わけがわからず、目をこすって、そうしてしばらくしてようやくニュイの言った意味が功太にも理解できた。
 あと半歩のところは、崖になっているのだ。
 崖の下は森になっていて、はるか地平線に近いあたりに街がかすんで見える。
「うかつ過ぎだわね、マスター。その下に落ちたら『ふりだし』なの」
「な、なんでこーゆう危ないところにシュラの出口をつくるわけっ!?」
「だぁってぇ、近道なんだもん♪ ほら、リスクが大きいぶん早くアガレるわけよ」
 すごろくか、この世界は…。
 ていうか、この状態って、なんだか、タロットカードの『愚者』のカードの絵柄と似てるぞ。
「大当たりぃ〜ぱふぱふ-どんどん♪ つまりここが『ゼロ』ね。スタート地点なの。さぁっ、ざくざく行くわよ〜!!」
 気になる擬音の使い方で、ニュイがはりきった。
 このとき、功太は嫌な予感を覚えたのだが、それはまさしく『大当たりぃ〜ぱふぱふどんどん♪』であった。
 なぜなら…。



 スニーカーを履いてくれば良かった。
 もちろんそんなヒマはなかったんだけど。
 なにしろ、じーちゃんの書斎からイキナリこんなわけ分からん世界に飛ばされたもんで、服装はジャージだわ、履物はスリッパだわ、とてもアウトドアに向いた格好じゃないのだ。
「ちょっと聞くんだけど…ホワイト、ニュイ、なんかこうぱぱっと靴を出してくれたりなんか、やっぱりできないよねぇ」
「足が痛くなったの?」
 心配そうにニュイが顔をのぞきこんでくる。彼女は僕の肩の上に座っているけれど。
 いっぽう、ホワイトは、
「我が輩が氷で作ってしんぜようか?」
 と平然と言ってのける。
 こ、氷…。
「いや…いいよ…。もう平気…」
 まだシモヤケになるには季節が早い。
「マスター、元気だしてちょうだい! スワートの真ん中まではあと少しよ!」
 崖の上から見えたのが、スワートの中心。そしてそこに、女王・シ−ラの居城ハイアイランドがあるのだ。
 いま、彼らは(正確には功太だけだが)徒歩で、目測およそ25km――到着まで6時間くらいはかかるだろうか? ――に向かっている。森の中だし、一見するとハイキングのようだが(←もちろん皮肉だ)。
 ニュイが言うには、ここがもっとも『ハイアイランド』に近い出口なのだそうだ。近いと言っても、しかし6時間も歩くっていうのはけっこうきついぞ。
 それに…。
 この世界が「キーノラント」で、入口(?)が「シュラ」で、その中の国のひとつが「スワート」だというところまでは理解したが、『ハイアイランド』だなんて新しい名前がでてきて、もう大混乱だよ…。
 功太はここで、はたと気がついた。
「ニュイ、『臨時』の時の守人を召還しなきゃならないほど大変なことが起こっているって、なにがあったの?」
 五十年前はじーちゃんがその『臨時』だったらしい。
 そのときになにがあったのか、そしてこれから何が起きるのか。
「えっ? う、うう〜ん、それは、ちょっと、説明が難しいんだなァ〜」
「それは、女王に聞くがよい」
 ホワイトが功太の頭の上で言った。
「そっそう、それがいいわ! あの方はそういうの好きだし!!」
 ごまかそうという態度がみえみえではある。
 だが、
「それより、」
 ニュイが耳元でささやいた。
 声が、緊張している。
「来たわよ」

 なにが、と言おうとしたとたん、木々のこずえから炎が噴き出した。
「熱っ…!」
 空気全体の温度が急激に上昇しはじめた。
 炎によって、パチパチと枝がはじける音がする。
「ニュイ! なんだよっこれっ!? 森が…森が燃えてる!」
「正体は分からないけど、「炎の使い手」がいるのよ! 『敵』だわ!」
「て、敵っ!?」 
 3人の上に、容赦なく火の粉が降り注ぐ。
 ぐるりとまわりを見渡して、逃げ道を探すが、
「炎に取り囲まれたわ…。信じられない。ここは女王の守護の力が強い土地なのに」
 舌打ちして、
「マスター! 早く! 呪文を!」
「あ、う、うん! ――ホワイト! 「氷」は、えっと『アイス』!!」
 これでアイスクリームが降ってきたらどうしようと一瞬考えたが、降ってきたのは等身大の氷柱。どかどかと木をなぎ倒し、地面に突き刺さった氷が溶け、その水で炎を消してゆく。
「やったぁ!」
「さすがマスターねっ! ――きゃぁっ」
 三人の視界が真っ白になった。
 蒸気である。
 しかも、熱い。
 おさまったとき、
「ああっ、氷が!?」
 氷が、跡形もなくなっていた。
 きれいに、蒸発してしまったのだ。ぜんぶ。
 またしても温度が上がりはじめる。地面から立ちのぼる陽炎が、ゆらゆらと世界をゆがませる。
「ほ、ホワイト! 気温を下げて!」
「マスター、呪文を言ってあげないとダメなのよ!」
 ニュイが、熱気にむせながら叫ぶ。
「呪文って…そんな、気温を下げるなんて…」
 英語をもっとまじめに勉強しておけば良かった、と後悔するが、今更遅い。
「英語じゃなくてもいいの! 言葉の集中力で、術の方向を定めるんだから!」
「あっそうか!」
 脳裏にぴかっとひらめくものがあった。
 理科の授業。
 たしか。
 かなりイマイチな呪文のような気がするし、ちょっと長いが、このさいしょうがないっ。
「ホワイト、『絶対温度』だ!! ――『―273.15℃』ぉおおおお!!!」
 ゴウゥッ、と、風がきしむ。
 あまりに激しい気温差で、空気の体積が大きく変動したため、突風が吹いたのだ。その影響は地面にまで及び、こまかな亀裂が生まれているほど。
 絶対温度は物理的に考えられる最低温度だ。
 すべてが、凍りつく。

 はず、だったのに。

『――あなた方は負けた。このフレアに』

 炎の激しさに似つかわしくない静かな女の声がこう宣告するとともに、ぐつぐつと無気味な音が…
「マスター、たいへん! 地面が燃えているわ!!」
 燃えている、という表現では生ぬるかった。
 功太たちから数メートルを円形に残し、土が、地面が、沸騰しているのだ。
 オレンジから赤、赤から白へと、炎の色が変化してゆく。
「あ…あぁぁぁっ!」
 灼熱の輪は徐々に直径を縮めていた。肌が露出している腕や顔に水ぶくれができ、功太は苦痛の叫びを上げた。
「マスター、マスターっ、早く…なんとか…して…」
 振り返ると、あのニュイの純白の翼が、端の方から茶色く変色し始めていた。
 このままでは、焼き殺されてしまう。
「…なんで、『絶対温度』じゃねぇかよっ!? どぉして効かないんだっっ!!」
 すると、さっきの女の声が、また聞こえた。
『さきほどの炎『シデロス』は3000℃、そしてこの『ヘリオス』は6000℃――あなたがたはたかだかマイナス270℃…単純な計算をすれば分かることでしょう』
 と。
 不気味なのは、その声にまったく勝ち誇った様子も、闘争心のかけらも感じられないことだった。
 6000℃といえば、それは太陽の表面温度と同じである。
 そんなとてつもない猛火に、どうやって太刀打ちしろというのか。
「マスター…っ。お願い、呪文を…!」
 もう、あれしかない。
 最強の呪文。

 かあさん。

「うわぁぁあああああッ――!! 「リベルテ」――!!!!」

 膨れ上がる真っ白な光――しかし、信じられないことに、その光が一瞬にして消えうせた。最初からなかったように完全に、跡形もなく。
「なっ…んで、こんなっ…っ」
 『自由』を意味する、『リベルテ』の呪文。この炎から『自由』になりたいという思いを、ぶつけたのに。
「…マスター…」
 ニュイが、功太の腕にすがりついた。
「ダメ、なの――…「リベルテ」は、使えないの…あいつには…。あたしが…注意を引くから、その間に」

 逃げてね。

 ニュイの、火傷して赤くはれた指が、腕を掴んでいる。
 功太の身体に、電流が流れたようだった。
「待ってよ…。ニュイ…」
 ギリリと唇を噛む。
「いま…。なんとかする、から」

 痛みも熱さも、もちろん、つらい。
 でももうそれよりつらいことを知ってしまったから。

 まずは、敵の位置をなんとか見つけないと――
「ニュイ! この炎、『アローン』で消せる?」
「たぶん無理だと思うわ。呪文を呪文で消すには、適性があるから…炎には「明」の力があるもの」
 闇は明りに照らされて、その効力を失う。
「それじゃ、――この周囲の「空気」、いや、「酸素」を、一定の時間だけ「なくす」ことは?」
 ニュイの顔に、希望が戻ってきた。
「ええ、そう、そうね、それなら! 誰の支配も受けていないものだし、簡単だわ! ――<優しき『エア』の眷属よ! 『アローン』>!!!」
 「燃える」という現象は「酸化」していくということだ。酸素をなくしてしまえば、炎は消えるはず。
 ニュイが呪文の詠唱を終えると、炎はそれまでの勢いをなくし、焼け焦げた地面があらわになった。
 そして、『敵』の姿も。

 それは、2人連れだった。
 たぶん、『炎』の精霊と、その『使い手』だ。
 中空に足を組んで座っているのが、フレアと名乗った「炎の精霊」だろう。
 その半歩後ろに立っている、黒マントの男が、「使い手」…つまり「マスター」。
 しかし、その顔は…

 功太は、呆然とその顔を凝視した。

 なぜなら、そこに立っていたのは、たとえ何年経とうとも、忘れるはずのない顔だったから。記憶にあるより少し若い感じがするけれど、間違いない。

「…父さん―――…」

 功太が真太と同じ歳だったころに、父は死んだ。
 実際にはそれが、「キーノラント」へ転生したのだということだったわけだが、もしこれが本当に「父」なら、なぜ功太を攻撃してくるのだろうか。
 大きな衝撃は、物理的に功太の心臓をしめつけた。
「父さん…」
 つぎの言葉を思いつくことができない。

 『父』が、小さく何かをささやいた。 

「え、なに? なんて言ったの?」

「あぶない!! 離れてっっ!!!」
 鋭く叫ぶニュイの警告も、その素早さには追いつかなかった。
 『父』のまわりにつむじ風が起こり、それが空気の刃「かまいたち」となって功太を襲ったのだ。
「マスター!」
 薄く鋭利な剃刀でつけたような傷が、功太の肌を朱く染めていく。
 風がおさまったときには、『父』の姿も、『フレア』の姿も消えていた。

 

 ど う し て。

 

 功太は傷をかばうこともせずに、その場に座り込んだ。
 地面に、水滴が落ちる。

「父さん! 父さん! 父さん――!!」

◆Levl.2「ハイアイランドへ」
 落ち込んでいる功太に、ニュイが励ましの言葉――と思いきや、いきなり飛び蹴りをくらわせた。
「しゃんとしてよマスター! あんたがしゃんとしなくて、どーすんのよっ!?」
 後頭部をおさえて絶句する功太に、まくしたてる。
「これくらいのことがなきゃ、わざわざあんたみたいなのまで千年前から呼び寄せたりすると思う!? どぉして『雅也』があんなになっちゃったのか、なんであんたが呼ばれたのか、それはあんたが探さなきゃいけないことでしょうが!」
「でも、僕には…どうしたらいいのか…分からないんだ。なにも…」
 父は「時の守人」として、このキーノラントへ転生していたはずなのに、それがなぜ「敵」としてあらわれて功太を攻撃するのか。
 おじいちゃんが、また呼び戻されたのは、このせいなのか…?
「ほらっまた自分の世界に入ってる! 歩き出さなきゃ、答えは見つからないのよ」
 ニュイの言いたいことはよく分かる。頭では分かる。
 でも、どうにも気持ちが落ちつかないんだ。
「ニュイ、頼むからっ。すこし、しずかにし――」
 言いかけて、エビのように身を屈める。熱風で気管をやられていたのだ。咳きこんで、苦しくて、涙が出る。それに身体中火傷だらけで、風が吹くだけでヒリヒリと痛む。
 あ。
 でも、それは、ニュイも同じなんじゃ…。
 功太の前で仁王立ち(宙に浮いているけど)になっているニュイは、顔は水ぶくれ、翼は焼け焦げている。「デリケート」な女の子なのに…。
「あたしは――、あんたを選んだことを後悔してないわ。なのにあんたがあきらめちゃうなんて、それはないんじゃない? ホワイトだって…ホワイトだって、すごい、必死で、あたしたちを護ってくれていたのに……」
「――え…?」
 そういえば、途中からホワイトの声をまったく聞いていない。
 ニュイの視線を追う。功太は肩越しに振りかえった。
「ホワイト!」
 ガラス質化した地面の上で、落っことしてしまったアイスクリームみたいに、べしゃりと潰れている白いかたまりが見えた。半分以上、溶けている…麦わら帽子の下の、仏頂面も。
 あの熱の中でも助かったのは、ホワイトが周りの空気を冷やしてくれていたからだったのだ。
「…ホワイト…」
 功太は、彼に触れようとして、しかし、手を引いた。自分の体温でさえ、淡雪のように消えうせてしまいそうだったからだ。
 『手当て』という言葉は、母の手を思い出させる。
 転んだときでも、頭が痛いときでも、母が撫でてくれると不思議と痛みがひいた。まるで魔法みたいだと思った…。
 魔法…。

 いま、その魔法が、僕に使えたらよかったのに。

「…『リチェーニエ』…」
 するりと、その言葉が口をついた。
 清浄な水が優しく胸に染みわたるような。そんなイメージが満ちた。

 さらさらと…。
 金色の光の粒子が、ホワイトを埋めていく。

「ああ…。『ジェレフローク』の『癒しの呪文』だわ――」
 ニュイが、うっとりとつぶやく。
 彼女の身体も、その光に包まれていた。光は卵型に集結し、数秒を置いて、また音もなく飛散した。再びニュイの姿が現れたときには、その純白の翼や象牙色の肌には傷ひとつ、しみひとつない状態に復活していたのだ。
「ニュイ、ホワイト…大丈夫、なのか? い、今のは、僕が――?」
 彼女は、にっこりと微笑んだ。
「ええ、そうよ。ジェレフロークの一族には、精霊を媒体としなくても使える呪文がいくつか存在しているの――あっ、いや、いまのなし! わっわ忘れてちょうだい!!」
 あわてて口をおさえ、もう一方の手をぶんぶんと振る。
「ジェレフロークの一族…って、僕ら――父さんも?」
「あ? ええ…。そうかしら、たぶん、うん、そうかもね」
「ニュイ、ごまかさないで」
 まっすぐ、瞳を捕らえる。
「僕には、見えたんだ。ニュイ」
「えっ?」
「炎の中で、ニュイが僕の腕をつかんだときに。――いろんな映像が」
 極限状態で、2人が接触した瞬間。ニュイの心が伝わってきたのだ。
 正確に言うと映像だけではない。純粋な思考のかたまり、そして記憶の断片が流れ込んできたのだった。
 たとえば。
 重力・闇・孤独を司る「ニュイ」が『シュラ』で最初にあらわれるのは、無意味なことではなかったということ。あれは、『シュラ』に入った者の『心の闇』をテストするものだったのだ。戦いを続けて行くなかで、ダークサイドに捕らわれる危険な因子を持つか否かを。
 それに、「リベルテ」が、使えなかった理由も。
 ――ジェレフローク。
 太古の精霊の血を受け継ぐ、人と精霊を繋ぐ一族。
 その一族だけが使える特別な呪文というものが、いくつか存在する。「リベルテ」はそのひとつだが、この一族の攻撃呪文は「現・時の守人」に対してはまったく効果をなさないという。
「父さんは…まだ『時の守人』なんだね。でも、闇に捕らわれているんだ――…そういうことなんでしょう?」
 そして、もっとも重大なこと。
 『テロカード』と『シクストーン』だけは、なんとしてでも『雅也』の手に渡るのを阻止せねばならない。
 たとえ、どんな手段をもちいようとも――。
「ニュイは、黙っていたんだね。女王がそう命じたことを」
「…」
 気丈な性格のニュイが、言い返すセリフもなく、黙り込んでいる。
 その沈黙が、語るよりも雄弁に、「それ」が事実であるということを証明していた。
「女王は、それでも僕を『臨時の時の守人』として呼んだんだ?」
「ま、マスター…、だって――。だって、女王様はこの世界のすべてのことを考えていらっしゃるのよ!? 人間と精霊が一緒に暮らしてゆける世界のことを。お願い、女王に会って、話を聞いて。きっと分かってもらえると思うの」
 なんだか。
 ふつふつと怒りが沸いてきた。
 大事なことを黙っていたニュイにじゃない。
「うん。女王には会いに行くよ」
 功太は、ゆっくりと宣言した。

 

 なぜその城のことを「ハイアイランド」と呼ぶのか、いま、その理由がわかった。
 功太は大きな口をあけたまま、天をふり仰ぐ。
 島だ。
 島が浮いている。
 空に、浮いているのだ。
「ら…ラピュタみたい…」
 崖の上から見たときは、ちょうど雲の中に隠れていて見えなかったのだ。
 高度およそ1500メートル…下から見上げると、遠近感がおかしくなりそうである。
 スワートの中心都市は、「ハイアイランド」の真下の土地を残して、ぐるりとドーナツ状に城下町が取り囲んでいるという構成だった。
「あのさぁ、ニュイ、」
 呆然と、つぶやく。
「これ、どうやって上まで行くの?」
 そう、「ハイアイランド」と地上を結ぶものが何もないのだ。梯子はおろか、ロープ一本でさえ。
「あらぁ、そんなの」
 ニュイはえっへん、と腕を組んで、
「飛んでいくのよ♪ 当たり前じゃな〜い」
 言って、純白の翼をひるがえす。
 ホワイトも冷気の霧の跡を残しながら、飛翔する。
「ちょ、ちょっと待って、待ってったら!! ――僕はどーすんだっ!?」
 あわてる功太である。
 ニュイは、しまった、という顔で、
「――あのぉ、マスター、もしかして、『飛翔』の呪文を忘れちゃったの?」
「忘れるとかそういうんじゃなくて、さっぱり記憶にないんだ。小さい頃に教えてもらったのかもしれないし、教えてもらう前に二人とも死んじゃったのかもしれない…」
 『リベルテ』と『リチェーニエ』だけはなんとか思い出したけれど、「飛翔」の呪文なんて、そんなの記憶のかけらも残っていない。
「他に城まで行く方法はないのかな」
 他に使える呪文は。
 ニュイは「重力・闇・孤独」
 ホワイトは「雪・氷・風」
 …。
「風、か…。ホワイト! 風で僕一人くらい、持ち上げられないかな?」
「ほほう、その手がござったか…。よろしい、マスター、『呪文』を」
「よ〜し、じゃぁ単純にいこう! ホワイト、『ウインド』だっ!!」
 ビュウウウウウウゥゥッ!!!
 砂塵を巻き上げ、突風が吹く。
 …が。
「あらあら。ジャック・フロストが二体になったわね」
 ニュイがあきれて首をかしげる。
 功太は雪に埋もれて、雪だるま状態になっていた。
「ホワイト…『雪』じゃなくて『風』なんだけど。」
「うむぅ。すまぬな。我が輩は『冬』の精ゆえ」
 それにどうも、功太の体重にも少々問題アリなようだった。
 軟式庭球部を引退してから、急に太ったし…。
 重くて持ちあがらないらしい。
 重くて…。
 あれ、でも「重さ」って。
 月の上では地上の六分の一になるんだよな。ってことは、
「そうか!!」
 功太は思わず、大声で叫んだ。
「ニュイ! ニュイは「重力・闇・孤独」を司るんだよね? 『重力』だよ!! そうなんだ!」
 受験勉強が、こんなところで役に立つなんて。
「いいかい、ニュイ! 『無重力』だよ!」
「えっ!?」
「英語ではなんていうんだろ…、いいや、『ゼロ・グラヴィティ』だ! どう、できる?」
「ええ!!」
 ニュイも意味を理解したようだ。
「<大地の制約、重力のくびきよりわがあるじを解き放て!> 『ゼロ・グラヴィティ』――!!」
 見た目には、ほとんど変化はなかった。
 功太は、芝の上に立ったままだ。
 あえて視覚的な変化を挙げるとすると、ごくわずかに、髪の毛がふわふわと漂っているのが見受けられるくらいだ。
 そうっと、膝を曲げて、力を溜める。
 そして一気に、地面を蹴った。

(うわぁ!)

 地表がぐんぐん離れていく。
「マスター!」
 ニュイとホワイトが追いかけてくる。
「ホワイト、『風』で軌道修正とブレーキを頼む!」
「了解である」
 ホワイトはわずかに目を細めた。たぶん、微笑んだのだ。

。。。第6章へ。。。
。。。あとがき。。。
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