えーん、えーん……
どこかで、泣き声が、する。
くらくて、こわくて、さみしくて。
紅の色にふと顔をあげると、いっきに目の前に夕焼けが広がった。
河原だ。うちの近所の川沿いの道。沈んでゆく夕陽に向かって、その子は歩いていた。泣きながら。
半ズボンに半袖のポロシャツ。ところどころ泥で汚れた靴下にズック。まだ幼稚園に通ってるぐらいの男の子。
あれは――
「どうしたの、巧太」
そう。あれは、俺だ。
「どうしたの、なにかあった?」
女のひとが、小さな俺の前にしゃがみこみ、顔を覗きこむ。
「こ、こわいよ。なにか、くるんだ」
泣きじゃくりながら、俺はそう答える。
――知ってる、この情景。幼稚園の年中組のとき。この何日か前に家族で遊園地に行った。そこで健太に、半ば無理やりにお化け屋敷に連れこまれた。で、この日、ともだちのところへ遊びに行ってていきなり思い出したんだ、あの闇の世界を。そしたらいてもたってもいられなくなって……あんまり慌てて走ったから、とちゅう何度も転んで、んで、どんどん日が暮れて。近道した河原の土手は、人通りなんか皆無で。心細いやら怖いやら痛いやらで、思わず泣いたんだった。それで。これから、たしか……たしか。
「だいじょうぶ。なにも来ないわ。さあ、帰りましょう」
「だ、だって。おそら、くろくなるんだよっ」
「それは、夜。巧太も夜のことは知ってるでしょう。夜は、優しいのよ」
立ちあがって俺の手をとると歩き出す。
「夜はね、巧太が大きくなるためにはとても大事なの。夜、眠るでしょう。巧太は夢をみない?」
「……みる」
「巧太の心は、夢をみにいってる。そのあいだに、巧太のからだはどんどん大きくなる」
「そ、そうなの?」
「そうよ。いちにち大変だったねって、お休みするでしょ。そしたらからだがぜーんぶ、背伸びする。背伸びすると、気持ちいいでしょ」
「うん」
「そしたらね、ちょっとだけ、からだが大きくなる。いいわねえ。心はね、そのあいだに夢の中でいろいろお勉強するの」
「おべんきょう?」
「そう。起きてるときにはできないお勉強。巧太は、いろんな力が使えるのよ。みんな、そう。いろんな力を持ってるの。けど、その使い方は夢でしか習えない」
「おれ、おぼえてないよっ。ゆめ、みるけど、おべんきょうしたのなんかおぼえてないっ」
「だいじょうぶ。巧太がずっと大きくなってから、きっと使える。思い出す。だから、夜は大事。夜は優しい。怖くなんかないのよ」
「ほ、ほんと?」
「ほんと。だから暗いところを怖がっちゃだめ。巧太はきっと知ってるのよ、どうすればいいか。そうだわ、いいおまじないを教えといてあげましょうか」
「おまじない?」
「もし暗闇のなかに閉じ込められたら、心に光のたまを思い浮かべる」
「ひかりの、たま」
「まあるい、ひかり。それがめじるし。そこにむかって、お願いする。こう言うのよ、覚えてね。いい?」
「う、うん」
「“――”」
あ、あれ?
「そう言えば、だいじょうぶ。こわいのは消えちゃうから。覚えた?」
「うんっ」
覚えて……ない? でもちゃんと聞いた、このときは。それで……
「それじゃ、急いで帰ろうか。おなかへったでしょ」
「うん、かあさんっ」
――かあさん……。
夕暮れが薄れ、闇が濃くなる。
待て。だめだよ、思い出せない。
かあさん、なんて言ったの?
と。
ふわりと――なにかが頬に触れた。
巧太は瞬時にして現実に引き戻された。
――そうだ。ここは土手じゃない。俺は幼稚園児じゃないし、かあさんは……。
ここは、シュラ。
さっき、あの女がそう言った。キーノラントの入り口だと。
動こうとしても、やっぱり動けない。自分が横になっているのか立っているのかさえ巧太には判らない。
(うわわわっ)
なにかがまた頬に触れた。
叫ぼうとして、声がでなくなっていることに気がついた。出ているのかもしれない。実際、出しているつもりだ。けれど巧太自身には自分の声が聞こえない。
疑問と不安がパニックに拍車をかけた。
ふわり
(やめろよ、ちくしょーっ! 俺がなにをしたーっ!)
無駄だとは思いながらも思い切り悪態をついたところで――それは起こった。
「まるいの」
は!?
「なかなかよい。ちと小ぶりだが」
なんだっ!?
声、だった。頭の中に響く、声。だが、さっきの女とは違う。
(なにもんだっ!?)
叫んで――やはり自分の声は聞こえない。
しかし、“それ”には巧太の叫びが聞こえたようで、くすくすと笑いだした。
「イキがよいのう。よいことじゃ」
声とともに、巧太の頬から肩、そして全身へとなにかの感触。やわらかな布のようで、また、羽根のようで……それが触れるたび、心臓が跳ね上がってしまう。
「案ずるな、悪いようにはせぬ」
(なんなんだっ。おまえ、だれだよっ)
「私のことは、よい。よく来たの、椿山巧太」
くすくす笑いが、そう言った。
(なんで……俺のこと……)
「おお、知っておるとも。雅也も源五郎も、それ以前の者もな」
反応が、できなくなった。
闇の中で聞かされた身内の名。
巧太の中に、祖父や両親、そして計らずも遠く離れてしまった四人の兄弟が浮かんだ。
「そうそう。おまえたちはほんに仲がよい。よいことじゃ」
声は巧太の中の映像が見えているように、そう言葉を続ける。
「さて。ここから先はおまえ次第――と言いたいが、それもあきらめてもらおうか。あの女が言ったろう、ここはキーノラントの入口、と」
そうだ。確かに巧太はそう聞いた。
「このシュラは、キーノラントへの扉。が……ニュイへも通ずる道だ」
にゅい――?
「キーノラントの裏世界。そして椿山巧太、それがおまえが真に望む世界よ」
俺が――望む世界……?
なんのことを言われているのか、まったく判らなかった。そもそもここへ来たこと自体、いまだ理解できていない。現実らしいという解釈と、それに伴わない実体験。不安定さが巧太にはもどかしい。
「おまえは正しい、椿山巧太。現実とはそういうものよ。受験していい学校へ進む。卒業して一流企業へ入る。そしてその先は? 見えぬのが本当であろう」
現実。
そう。たしかにそう思っていた。先になにがあるのか判らない。とにかく今は、生きるのが――毎日の生活で手一杯。学校、家事、その他もろもろ。それをこなしているうちに、いつのまにか今日は明日になり昨日の彼方にとんでいってしまう。
その、先。
――将来……。
“正義の味方さっ!”
“じゃ、おまえはあるのかよ。小学生の弟に語って聞かせられるような夢がさ”
問われて巧太は――まともに答えられなかった。
「案ずるな。それが普通だと言うておろう」
――そっか。じゃ……俺はこのままで……いいの、か……。
「そう。というわけでな、やっと本題だが」
ずん、と、胸の上が重くなった。なにかがのったらしい。
(おっ、おりろ、ばかやろっ。おも……いっ!)
「無礼者。私がデブだというか」
ひどく不機嫌な声が返ってくる。
(だっ、だれもそんなこと言ってないだろっ。いきなり人の上にのっかるなよっ。重いのはあたりまえじゃんかっ)
「口答えの多い奴。が、それもここまで。ようこそ、ニュイへ」
え……?
「認めたのう、椿山巧太。現実とはそんなもの。将来とは見えないもの。ではおまえは、ニュイのもの」
(なん……)
いきなりの話の展開に、巧太の頭はふたたびパニックを起こしていた。
自分は、キーノラントへ行かなければならない。
来い――そう言われた。扉がひらく、だから考えろ、と。
それなのに。
「では」
しかし、“それ”はもはや巧太の考えなどどうでもよくなったらしい。声の調子が、妙に嬉しげで上ずっている。
「では。遠慮なくいただかせてもらおうぞ」
(いただかせて……って……う、うわわわわっ)
なにかが。
なにかが巧太に覆い被さり、いきなり首筋に噛み付いた。
(ななな、なんなんだよおっ!! 莫迦、よせえっ!)
「暴れるな。食料はおとなしくしていると決まっておるぞ」
しっ、食料――――っ!?
えらいことになった――。
巧太は必死に暴れようと努力しつつ、その一方、頭の片隅でなぜか冷静にそう思った。
とにかく、確実に判ったことは三つ。
まず、このニュイというところ――実際、場所なのかなんなのかまったく判らないが――は、とんでもない。
次に、自分はなんとかキーノラントの扉を開けなければならない。
そして。これは紛れもない現実だ――ということ。
噛まれている首から、じわじわと痺れが出ていた。
やばいぞ。まずは……こいつから逃げなきゃ。でも……
考えて、つまる。自分は動けない。重力が五倍だという言葉を思い出し、さらに脱力しそうになるのをなんとかこらえる。
「よい闇よのう、椿山巧太。そう、闇は怖いもの。しかし、のまれてしまえばなんでもない。闇は心地よいもの。光のように無作法ではない故な、だれも心の中はのぞけまい」
な……に?
ふっと、巧太のなかにひらめくものがあった。
光。
“まあるい、ひかり。それがめじるし。そこにむかって、お願いする――”
かあさん。
闇の中の、目印。
「やっとおとなしくなりやったか。あとほんのちょっと。そうすれば、おまえはもうニュイのもの」
痺れがどんどん広がる。
が、巧太はもう焦ってはいなかった。
(――どけよ)
「……なに?」
巧太の思考に、“それ”が、動きをとめる。
(どけってんだよ。後悔しても知らないぜ)
忘れていた記憶が、どんどんあふれてくる。
どうして忘れていたのか。あんなに大切な『言葉』たちを。
(もう一回、言う。これで最後だ。痛い目をみたくないなら、どけ)
「最期のあがきか? 椿山巧太。よいわ、よい余興――」
(よし)
巧太は、“それ”の口をさえぎると、軽く息を吸い、そして。
(そんじゃいくぞ)
ふう……
目を閉じる。
息を吐く。
イメージ。
真円。
「なにを」
(リベルテ!)
どおん!
暗闇に、音が響いた。
瞬間、なにもかも判らなくなった。
身体が、とんだ気がした。
「――――た……こう…………たっ…………」
(……健太の声……?)
のろのろと耳に手を当て――巧太は自分の身体が軽くなっていることに気がついた。
俺……立ってるのか?
あいかわらず、目の前は真の闇。
しかし、あんなにひどかった重力の枷を感じなくなっていた。
(やったあ……。これってラッキーっ)
思わず万歳したところで、ふと我に返る。
たしかに健太の声が聞こえた。一瞬だったが。
“そのカードは巧太の心と繋がっています。巧太の真の心の叫びのみ、残された一族に届きます――”
それじゃ。
あの一瞬――もしかしたら届いたのかもしれない、俺の声も。
そう考えると、急速に安堵感が広がった。
俺は、ひとりじゃない。
「待ちなさいよ……いい気になってんじゃないわよ……」
(えっ)
声、だ。今度は間違いなく、耳から入ってくる、声。
「ったく、あったまきちゃう。思いっきりすっとばしてくれちゃって。こんな扱いをしたのはあんたがはじめてよ。っんとに、失礼なやつ」
(な、なんだあ?)
少女だ。鈴の音のような、かわいい声。それに似合わない悪口雑言の数々。
(……だれだよ。だれだか知らないけど、くるなら手加減しないぞ)
「だーれがっ。あーんな扱い、レイディに対してするんじゃないわよっ。女はデコレーションな生き物なんですからねっ」
本気でふてくされた言いぐさだったが、巧太はそれを聞き逃さなかった。
(デコレー……。それって……デリケート、じゃないか?)
このへんは、受験生の受験生たる習性かもしれない。
「デ……っ……とにかくっ!」
(おわっ)
いきなり頭の上になにかがのった。
「認めるわ。契約よ」
契約。
(おまえ、なんだ? さっきのニュイとかいうのはどうなった?)
巧太のその言葉に、頭のうえで大きなため息。
「あたしが、それよ」
(は?)
「あたしがニュイ。“夜”の精霊。あんた、まんざら莫迦じゃないわね。いきなりあの力を使えるなんて、そうそういないわ」
(夜の、精霊……)
「あんた、自分が使った呪、判ってないでしょ」
言われて、巧太はあいまいに頷いた。たしかに意味なんか判っていない。
「ふー。それを思い出すのがここ、シュラの役目。ここで力をつけとかないと、キーノラントへは指一本だって入ることできないわよ」
(そんじゃ、簡単に言うと道場か、ここは)
なんとなく納得しながら、巧太はその場に胡座をかいた。頭が重いのだ。
「似たよーなもんねー。そんじゃ、次いこうか」
(次っ?)
「なに驚いてんのよ。あたしを着けたからって、それでキーノラントへ行けるとか思ったら大間違いなんだからねっ。とにかく契約よ。いいわね」
(だからっ)
「あんっ」
巧太は思わず頭に手をやってニュイを捕まえる。
これって……なんか小鳥……?
「なっ、なにすんのよーっ、エッチ!」
(え、は、あ、ごっ、ごめんっ)
慌てて手を放す。
「何度も言うけどっ、女はデコレー……じゃなくて、でりけーと、なんですからねっ。いきなりさわるんじゃないわよっ」
(ごめんっ、だって頭が重かったんだよっ)
「……そんじゃ、ここならどう」
右膝の上。
(うん)
「じゃ、ね。なによ、なにが疑問?」
(契約って?)
ニュイはまたため息をつき、それからやんわりと口を開いた。
「りょおかい。あんたは、いまから、あたしのマスター。あたしはあんたに従うわ。ニュイを克服したからね」
(はあ……)
意味がいまいち理解できない。
それを察したのか、ニュイが付け加える。
「シュラで力をつけることは判ったでしょ。ニュイはそのひとつ。闇の試練なの。重力、闇、孤独。それが課題よ。結果、あんたは一番重い呪で、あたしを“着けた”。一応はクリアー、ってこと」
ニュイの説明に、ぼんやりと状況が飲みこめてきた。
「あたしだけじゃないからね、ここにいるのは。ってことで、さっさとみんなを着けて、キーノラントへ行きましょ」
(いきましょ、って。この暗闇で? どこをどうやって?)
今の説明では、課題は三つ。しかし、確実に片付いたのは重力だけだ。ニュイにはなにがどうなっているのか判っているらしいが、真の暗闇では巧太は一歩も進む自信がない。
「だーかーらあ」
ほとほと飽きれたという調子で、またもニュイ。
「あんたはー、ニュイを“着けた”んだってばー。使えばいいでしょーが」
着けた。
(んじゃ……ニュイの力は……)
「そーよ。あたしは夜の精霊。あんたは一番重い重力って課題を最初に破ったからね、自動的にニュイ全部をクリアー。だから、あたしを使っていいの。どうぞ、マスター。まず、なに」
まず。
巧太は、迷わずこう答えた。
(――光を)
「ぶっぶー。却下」
(ええっ?)
意外な答えに、思わずのけぞる。
「あたしはね、何度もいうけど夜なのよ。闇の力は貸せるけど、その逆はだめよ。はい、次」
巧太はそこで、ゲームの世界を思い出した。ロールプレイング・ゲーム。アクション系も好きだが、ロールプレイングは頭脳勝負の謎解きもある。そこがわりと気にいっていてハマっていたこともある。
あれは、仮想現実。その世界に一定の法則があって、それを理解すればわりあい簡単にとけこめる。
ニュイは夜だと言った。
夜。暗闇。そのなかを進むにはどうしたらいい?
「どうすんの」
黙ってしまった巧太に、ニュイが催促をする。
(待てよ。今、考えてる)
暗闇を、進む。暗い。どういうときに暗くなる? 夜。ものすごく天気の悪い日中。洞窟。それから……
(目を……閉じたとき)
当然だった。目を閉じれば、瞬間で暗闇になる。
それならば。目を閉じて進むには、なにを頼りに?
進むためには、方向を知らなければならない。それから、障害物の存在。暗闇で、それをどうやって知るか――
(……ニュイ)
「はあい。決まった?」
巧太の膝の上で寝そべっていたらしいニュイが身体を起こす気配がする。
(光以外なら、できるか?)
「そおねえ。モノにもよるけど」
(闇には関係なさそうなもんだけど……できるかな)
「えー? まあ……あたしもソレだけじゃないからさ、いろいろ手はあるけどね。なにがいるのよ」
ニュイの問いに、巧太はひとつ息をついて、答えた。
(音)
「おと!?」
(闇のなかで進むには、音が頼りだよ。ニュイにはここが判ってるだろ。音がするものとか、音を出すことができるものとか、そういうの教えてくんないか)
ニュイが、黙った。
どうも予想外だったらしい。
(あの……無理、かな)
あんまり沈黙がつづくので、巧太は不安になってそう訊いた。すると。
「……あんた、いい使い手だわ、ほんと。あたし、自分の目に自信もっちゃお。あんたを選んでよかった」
(は?)
「いくわよ、マスター。ちゃんと立って」
(え? あ、うん)
慌てて立ちあがる。
「あんたは、いける。キーノラントにね。だいじょぶよ、ちゃちゃっと力をつけちゃおう」
ニュイがいきなり、やけにはりきりだした。
(あの)
「まだ不安なの? あんたはさっき、“リベルテ”の呪を唱えたのよ。自信を持ちなさい」
リベルテ。
たしかに、その言葉を言った。その結果が今だ。
膝のあたりにあったニュイの気配が消えた――と思った次の瞬間、左肩に重みがかかる。
そして、あの鈴の音の声が、闇の中に響いた。
「おいで、クロシェット! マスターがお呼びよ! シュラの夜、このニュイの名において命ずる! マスターの標となり、朝へ導け!」
と。
(……あれは)
巧太の、前方。まっすぐ前から、鈴の音が聞こえる。
「さあ」
左肩に座ったニュイが、出発を促す。
(うん――ニュイ)
歩き出そうとして、思いなおす。
「なによ」
(もうひとつだけ)
「……いっこだけね」
(リベルテの、意味は?)
ニュイは肩からずり落ちそうになり、それでもなんとか体制を持ちなおす。
(えーっと。俺、なんかマズイこと、訊いた、かな)
「――いーわよ、もう。なんとなくあんたって人間が理解できてきたわ。認識をちょこっとあらためる」
(ごめん……)
これで何度目になるのか、ニュイの派手なため息に、巧太は素直に頭をさげた。
「リベルテ。絶対に知らないと思ってたわ。最初からこれを知ってるのは、ほんとに稀なのよ。意味はね――自由」
(自……由)
「だから、重力の枷がとれちゃったの。さて、これで了解、かな」
その言葉に、巧太はしっかりと頷いた。
(行くぞ)
「はい、マスター!」
巧太はゆっくり、しかし確実に、闇の中へ一歩踏み出した。
次の“力”を“着ける”ため――キーノラントへの扉へ向かって。
* * *
「に、にいちゃんっ、これ、ひかってるっ」
カードを手にした真太が叫んだ。
なにか手がかりになるものはないかと祖父の書斎を調べて疲れ果てていた残りの三人が、ばたばたと真太のところへ集まる。
テロカードの上端が、光を発していた。なにかの文字のように見える。
「巧太。巧太、聞こえるか?」
修太がカードに呼びかける。
「なまっちょろいこと言ってんじゃねえよ! おい巧太っ、聞こえてんなら返事ぐらいしろっ!」
「ほんとにきこえてるのー?」
真太からカードをひったくって怒鳴りつけた健太に、裕太がのんびりとそう尋ねる。
「わ、判るかよ、んなのっ。でも、変化があったってことは」
「巧太になにかが、あった……?」
健太の言葉を引き継いだ修太がそう付け加え、四人は黙り込んでしまった。
しばらくして。
「これ、つうしんきなんだっ」
いきなり真太がそう言った。
「巧太兄ちゃんがどうしてるか、ぼくらにしらせるつうしんきっ」
「――声なんか聞こえねえぞお」
健太の気だるい反論にも、真太はめげない。
「正義の味方は、どっかにぜったいこーゆーじゅんびをしとくもんだいっ。巧太兄ちゃんはそれができなかったから、あの女の人がこれをそーゆーふーに改造してくれたんだっ」
「へいへい、お説もっともですよ、真太くん」
「健太にーちゃん、まじめにきいてないだろーっ!」
「おめーのゆーことまじめに聞いてたら日が暮れるわっ!」
「たしかに――」
と、ふたりのあいだに修太が割り込む。
「真太の説も、あながちでたらめじゃないと思うよ」
「なんだとぉ?」
修太はカードを手に、その場に座り込んだ。
「これさ、さっきからずっと考えてたんだよ。どこかで見た模様だ――と」
光の幾何学模様。
「学校時代の思い出話じゃねーの?」
健太の嫌味を修太は聞き流した。たしかにどこかで見覚えがある。
「ボクねえ、あれじゃないかなあって思うんだけどお」
そのとき、今まで黙っていた裕太が、のんびりと口を開いた。
「あれ、きれいだなあっていつも思ってたんだー」
「どこで見た? 裕太」
修太の問いに、裕太は大きな書棚の中を指差した。
「……自由の……女神?」
どういうわけか、そこには自由の女神像のミニチュア・レプリカがある。その台座に、金色のプレートがはめ込んであり――
「――これだ……」
修太の手のなかで輝く同じ文字が、そこに彫り込まれていた。
修太、健太、裕太、真太――四人は顔をみあわせ、そして視線を自由の女神へ。
「どういう……ことだ……?」