某月某日深夜。高瀬家――
「ちょっと相談があるんだけど……いいかな?」
「またその話かい?」
「だってさ〜……」
俺は少々呆れ気味に応えた。こいつの相談というと大体の想像がつく。
かけてもいい、絶対今日も同じ事を言うに決まってるんだから。
「………………ま、いいや。とにかく話してみなよ」
「最近さ……誰かに見られてる気がするんだ」
「うん……で?」
「いつも誰かの視線を感じるんだよ」
「……はぁ」
ほら、やっぱりな。一体何度同じ事を聞かれているだろう? 俺に両手があったなら頭を抱えていたに違いない。
そんな俺の気持ちなんかこれっぽちも感じてないあいつはいたってまじめに話すから性質が悪い。とはいえ俺に取っても死活問題だ。
……仕方ない。今日も付き合うしかなさそうだ……はぁ。
「嘘じゃないって。いつも誰かの視線を感じるんだよ」
「まあ、今は俺が君を見てるけどさ」
「君じゃないよ。もっと他の誰かさ」
「……たとえば?」
「わからない。けど昼夜を問わずに僕の事をじっと見ているんだ」
「ふーん……いつから?」
「詳しいことは覚えてないけど……多分僕がうまれた時からかな」
「ふーん……そりゃそうだろうねぇ」
しまった。思わず率直な感想が思わず口に出してしまった。
が。
「何かいった?」
「あ、いやなんでもない。それで?」
「うん。それから僕がここに来てからますます自分が頻繁に見られている気がして仕方がないんだよ」
「……ほう」
ふう……助かった。あいつは自分の事で頭が一杯のようだ。上手く話がそれてくれたぞ。
「それで、見られている方向から話し声が聞こえるんだ」
「話し声?」
「それも、一人だったり三、四人だったりと色々さ」
「……」
前言撤回。全然助かっちゃいやしない……
『おお、神よ! 私が一体何をしたというのでしょう!!』とか思わず天を仰ぎたくなりそうな瞬間ってのはこういう時の事を言うのだろうか?
「ほら、今も聞こえた! きっと僕を見て笑ってるに違いないんだ!」
「落ちつけよ。きっと気のせいに違いないって。少し自意識過剰なところがあるだけかも知れないじゃないか」
「……君、人事だと思って話を流そうとしてない?」
おいおい……勘弁してくれよ。興奮したやつはとんでもない言いがかりをつけて来やがった。なんで俺がそんな事をしなきゃいけないんだよ!……と言いたいところだが、ここはぐっと我慢だ。そうでないと、俺の存在理由がなくなってしまうからな。
「そんな事しねぇよ」
「だったらなんで自意識過剰なんて言葉で片付けようとするのさ? 間違いなく僕は誰かに見られているんだ! ほら、今も視線を感じた!」
「……とにかく、落ちつけよ」
俺自身がそれで止まるとは思っていやしないが、思わず口を挟んでしまった。
そして大抵そういうときの言葉ってのは逆効果になるのがこの世の常らしい。
「落ちついてなんかいられないよ! ずっと誰かに見られているがどんなに辛い事か君にわかる!? それはも不安で不安で仕方ないんだ!」
……ほらね。
「そりゃあ……俺にはわからないかもしれない。別な意味でなら君の気持ちがわからなくはないけど」
「え……別な意味?」
ん? 話が途切れたぞ。ちゃーんす!
ここが勝負どころだ。一気に畳み掛けるならここしかない。
「ま、その話は今は置いとこう。生きてる限り誰だって辛い事や苦労してる事があるもんさ」
「……うん」
「それに、悪い事ばかりじゃないだろ?」
「そう……そうだね。少なくとも、君という友達と会えたのは僕にとって大きな意味があった」
「そう大げさ考えるなよ。俺は君と仲良くして置かないと存在している意味がないからという理由もあるんだから」
「え?」
「あー。それは気にしなくていいから」
俺はさりげなく話をそらした。ここで突っ込まれでもしたら堂々巡りになってしまう。双六じゃないんだからそれだけは勘弁して欲しいものだ。
「???……うん」
「今日はもう休みなよ。疲れてるんだろ?」
「うん……じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
俺はほっと一息ついた。やれやれ、いつまでこんなやり取りをすればいいのかと思うと正直やってられない。そんな俺の気持ちをわかってくれているのか、それとも同情からなのかなのか同居人が本当に心配そうな様子で俺に声をかけてきてくれた。
「こんばんは」
「ああ、君か。こんばんは」
「あなたも毎度大変ですね」
「いい加減、慣れて来たよ」
「そうですか。私はフォトスタンドなので人に見られるのは慣れてますけど」
「そこだよ。あいつは自分が一体何者かをまるで自覚してないみたいだからな」
「なるほど。それで『人に見られてる!』ですか」
「人間で言ったら記憶喪失のようなものか?」
「んー……そう言う問題でもないと思うんですけど。しかし、なんだかんだ言ってあなたも付き合いがいいですよね」
「仕方ねぇよ。俺はゲーム機なんだからあいつがいないと存在意義がなくなる」
「それもそうですね。にしても、あなたも困った相棒を持ってしまいましたね」
「ああ……毎日見られてるような気がする、か」
俺は誰に言うでもなく、一言漏らした。
「…………そりゃあそうだろう。なんせあいつは
テレビなんだから」
――と、まあ。ものにも人知れず苦労があるという、そんな話である。