最近、私の頭の先にあるアンテナの先端が、なんだかこそばゆい。
あらゆる電波を拾うことのできる私だが、これまでは不要な電波には極力かかわらないようにしてきた。
しかしこのこそばゆさだけは、どうにも無視できない。
人間は、私を「東京タワー」と呼び、この私の暮らす街、東京のシンボルにもなっている。
私からは360度の景観が楽しめることもあって、本来の役割、いわゆるテレビ塔としての役割から離れて、
目下観光名所として世界各国から、さまざまな人間が訪れる。
私にとってそれは、人生の楽しみのひとつである。
観光バスにぎゅうぎゅうにつめられた人間が吐き出され、私の内部でひと時の時間を過ごし、思い出を持って帰ってゆく。
昔は腹の中でごそごそ動き回られるたびに、どこか傷つけられはしないかなどと、内心ヒヤヒヤしていたが、近頃ではすっかり慣れた。
日が落ちれば人間は、私を光で明るく照らし、昼間とはちがった美しさを楽しんでくれているようだ。
きっと私は、存在するだけで人々の安らぎになっているのかもしれない。
しかし、まさか私の頭の先端で、夜な夜なデートする輩が出現するとは、夢にも思わなかった。
彼らはこの春から、毎晩私の先端にその思念を飛ばして密会をする。
おそらく彼らのこういった様子を知る者は、私だけだろう。
いや、彼らにとっては、私がその一部始終を知っていることさえ気づいてはいないだろう。
彼らがここに来るようになって、もう3ヶ月だ。
今夜も午前零時になると、彼らはここにやってくるはずだ。そう・・・もうすぐ・・・・
遠く、はるか遠く、北の大地から、彼の思念が飛んでくる。
それは、まっすぐに、光よりも速く、そしてまっすぐに。
彼女の思念は、私の足元付近から、比較的遠くない、そう、きっと東京都内からやってくる。
時には、移動中の電車の中であったり、自宅の部屋からであったりする。
ふたりの思念は、私の先端でとまり、ほんの5分、上空で抱き合い、キスをする。
言葉もなにもなく、ただ静かにふたりは上空の風に吹かれながら、逢瀬を交わすのだ。
最初はなんのことだか、わけもわからずにいたが、ある時彼らの携帯電話の会話を拾って、合点がいった。
「じゃあ、今夜もまた、東京タワーでね」
「ああ、必ずいくよ。この体は北海道を離れるわけにはいかないけど、心はいつも会いにいける」
「うん。毎晩そうやって会っている間、わたしのこと、思い出してくれてるんだなと思うと、すごく嬉しいの」
普段は耳もかさないような電波だが、私は心ひそかにこのカップルの粋な思い付きを応援する気持ちになっていた。
わけあって遠距離に離れてしまったカップルが、こうして私の上で出会うことができる。
私は回りに邪魔されにくく、そして誰もが知る存在なので、きっと彼らはその大切な逢瀬の場所を、私の頭の先に決めたのだろう。
時がたてば、どちらかだけの思念しか、届かなくなるだろうか。
あるいはふたりの物理的な距離がなくなり、ここへくる事もなくなるだろうか。
せめて彼らがここに来ている時間だけは、冷たい風や激しい雨に見舞われなければよいなどと、最近ひそかに願ってみたり・・・・